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「私の気持ちは変わりません」

ほむらと仁美の再構成型SS。ほむらが魔法少女にならなかったら…?



教室中の視線が注がれる。元々病弱で病院を転々していたこともあり、初めての転校と言うわけではない。
ただ、それ故に転校も多く、決まった友人が出来ることがなかった。転校と言うものに慣れはないのだ。
担任の先生だってもう何人目だろうか。この時もいつも通りにクラスメイト達に紹介された。

「はい、転校生の暁美ほむらさんでーす。みんな仲良くしてあげてくださいね♪」
「あ、暁美ほむらです…」

クラスのみんなから拍手が沸き起こる。今までの学校生活でもそうだった。
そもそもほむらは人に注目されるのが得意ではないのだが、どこの中学生たちも転校生というのは珍しいらしい。
最初はみんなからちやほやされるのだが、生まれついてから人付き合いが苦手であるため、そのうちまともに会話を繋げられない自分のことを誰も相手にしなくなり、孤立していってしまう。
皆の期待を裏切った時、みんなが離れていくのだ。それを知っているほむらは、期待を込めて瞳を輝かせるクラスメイトがみんな恐ろしい存在にさえ見えていた。
正直に言えば一人の方が気が楽、と言うのもあるのだが、ほむらは何も嫌われたいわけではない。

「じゃあとりあえず、暁美さんは一番後ろの空いた席に座ってね」
「は、はい」

皆の席の間を通る間もやはり視線は感じていた。
このホームルームが終わったら自分の身に何が起こるか、それも大体想像がつく。
その時で全てが決まると言っていい。暁美ほむらがこのクラスの中でどういった存在になるかが。

「ねえ暁美さん、前の学校では何か部活してたの?」
「髪の毛長いよね、手入れとか大変じゃない?」
「恋人とかいたりするの?」
「えっ、えっと…その…」

案の定、クラスのみんなからの質問攻めにあうことになった。何度何度も繰り返したことなのに、うまく答えられたためしがない。
答えられずにいるうちに、みんなの様子が変わっていき、自分に対する興味、関心が変化していくのを感じる気がする。
ほむらはその瞬間がたまらなく嫌だった。そうなるくらいなら最初から興味を持たないでくれとさえ思う。
もう一人、自分の席に近づいてくる。もう勘弁してほしい…そう思った時だ。

「あの、みなさん。少しよろしいでございましょうか?」
「志筑さん?」
「………?」

新たに現れた女生徒の声。その第一声は自分に向けられたものではなかった。
ゆるやかウェーブの髪の毛にぴんとした背筋の良い姿勢。そしてその言葉遣いと、一目見ただけで十分すぎるほどの気品を感じさせる。

「わたくし、暁美さんを保健室にご案内しなければなりませんの。ね?暁美さん」
「え?あ、はい」

不意に話を振られ、ほむらはほぼ反射的に返事をしてしまった。
もっとも、いざという時の為に保健室の場所は教えてもらうという話だったので、ちょうどいいと言えばちょうどいい。
ほむらは自分でも意外と思うほどに機敏に立ち上がり、仁美に返事をした。ほむらの周囲の女子たちはぽかんと口を開いている。

「それでは質問タイムは少し中断ということで。失礼いたしますね」
「ま、まあ…しょうがないよね。暁美さん、また後でお話聞かせてね?」
「は、はい」

仁美はそそくさと教室を出ていく。
まわりの女子たちに曖昧な返事をしつつ、ほむらは仁美の後を駆け足で追いかけた。
勝手に先々行く人だな…と思った時、急に仁美が振り返った。

「大丈夫ですの?」
「え?あ、はい。どうも…」
「みんな転校生が珍しいんですのよ。お気になさらないでくださいましね?」
「い、いえ。気にしてませんから」

ほむらがそう答えると仁美はにっこりと笑い、今度はほむらの歩幅に合わせるようにして前を歩き始めた。
それにしても上品な人だ。と言うより通り越している。仕草はともかくとして、このお嬢様なような喋りをする人はお話の中でくらいしか見たことない。

「この学校、どうです?上手くやっていけそうですか?」
「えっと…多分…?」
「…人付き合いは苦手でいらっしゃるのですね」
「はい…あまり」
「なら先ほどはお辛かったでしょうね。みなさん悪気があったわけではございませんので、そこだけは分かってくださいね」
「はい」

二人きりになって、今度は彼女から質問攻めされるのだろうか。そういう不安が脳裏をよぎったが、会話自体はここでぱったりと終わった。
とは言っても保健室までの道順や分かりやすい目印などは丁寧に教えてくれたので、全くの無言だったわけでもない。
そのうち、「はい」「分かりました」だけで答える自分自身がなんとなく嫌になってくるのをほむらは感じていた。その気持ちが、ほんの少しほむらの背中を押す。

「あの、しづいさん?」
「?…何かわからないことでもございましたか?」
「いえ、そうじゃなくて…しづいさんは保健委員なんですか?」
「ああ…。わたくしはクラス委員長ですの。保健委員は別の方で、その方は今日は欠席してますのよ。わたくしは代理ですわ」
「そうなんですか…。そう言えばさっきも席が二つ空いてましたね」
「今日はわたくしですけど、明日からはその方が教えてくださいますよ」
「はあ…」

また別の人と初めの挨拶をしなきゃならないのかと思うとまた少し気が滅入る。
仁美は自分の都合に合わせてくれている感じがしてそれなりに心地がいいのだ。

「あらあら、そこまで気落ちしなくても。わたくしのお友達ですし心配なさらなくても大丈夫ですわよ」
「あ、いえ…そんなつもりじゃ」

ほむらは表情を読まれた気がして少しびくりとしてしまう。
目まぐるしく表情を変えるほむらとは裏腹に仁美は一貫して笑顔を見せている。
なんだかまた仁美のことが苦手に思えてきそうな気がした。

「今日もう一人休んでる方もわたくしのお友達なんですのよ。その方は体育委員ですわ」
「体育委員…」
「体育の授業でお世話になるかもしれませんわね」
「…二人同時に休むだなんて珍しいですね」

これまたほむらが本気で聞きたかった事柄ではない。
ここで会話は繋いでいた方がいいかも、と何となく聞いたものなのである。
少々強引な話の繋げ方かとも思ったが、仁美はそれでも答えてくれた。

「実はここ数週間はお二人とも結構休まれてるんですのよ」
「その二人も体が弱いとか…?」
「そんなことはなかったですけど。それに何故だか二人一緒に休むことも多くて」
「…珍しいですね」
「そう…珍しい、というよりもまずありえませんわ!常識に考えまして二人が同じ日に何度も欠席するだなんて…
 日数にして約一週間…これは偶然ではなく必然ですわ!」

偶然、と言うこともあるのだろうが不自然なことである。
しかしやはりほむらはその二人を知らないのでイマイチ反応が出来ない。
ところがさっきまでニコニコしていた仁美の表情は少しずつ変化していき、口調もどことなくヒートアップしているように見受けられた。

―も、もしかして怒っている?

ほむらは思わずたじろいでしまい、慌てて宥める言葉を探す。
一体何が彼女の逆鱗に触れてしまったのだろうか?
当然皆目見当がつかず、ただあたふたとしているほむらのことなどお構いなく、仁美は語り続ける。
ただその声は急にトーンダウンし、打って変わってひそひそとした喋り方だ。息が当たるくらいに顔も近づけてきている。

「でも、わたくし…実は心当たりがありますのよ」
「は、はあ…?」
「ああ…でも、でも、あんまり人には言えませんわ!…暁美さん、良いですわね!?このことは内緒ですわよ!」
「え、言っちゃうんですか?」

無理して言わなくてもいいのに…と思いつつ、仁美は別に怒っているわけではないこともほむらはやっとわかった。
むしろ楽しんでいる様子さえ見られ、ひそひそ声も抑えきれずになってきている。
ほむらは完全に勢いに圧されてしまっていた。

「そのお二方…まどかさんとさやかさんと言うお方なのですが」
「しづいさんのお友達ですよね」
「ええ…そのお二人…実は…実は……!」
「………!」

ほむらは息をのみ、そして静かにその言葉を待つ。
話を聞いたってピンと来るとは思えないが、彼女の暴走を正面から受け止められるとも思えなかったのだ。

「それは……禁断の恋!」
「こ、恋?」
「それしか考えられませんわ!学校を同時に休むのも、きっとお二人はお忍びで出会っているのですわ!
 そして誰からの目も気にすることなく、晴れて二人は体を重ね合わせて永遠の愛を誓い合っているに違いありません!」
「かっ、重ねっ!?ちょ、ちょっと…その二人ってそういう関係なんですか?」
「それも、女性同士ですわ」
「じょ、女性!そそそそんなことが!?」
「しっ!声が大きいですわ…」

さっきまでは若干引き気味になっていたほむらは今はむしろ仁美の興奮が移りかけている状態にあった。
これまで経験したことのない話に、顔を真っ赤にしつつも仁美の言葉の続きをまっているほむらがそこに居た。

「本当にそういう方っているんですか?私今まで見たことないです」
「間違いありませんわ。…だってあの二人、わたくしの見ている前でなら平然と抱き合ったりしますもの!
 そしてさやかさんは決まってまどかさんにこう言うのですわ。「まどかの為なら、私は世界を敵に回してもいい(声色)」と。
 最近はわたくしすら避けて二人きりで居るんですもの…それこそ他人に見せられない、中学生にあるまじき破廉恥な行為をしているに決まっていますわ!」
「はわあああっ…!」

顔を耳まで真っ赤にし、ほむらは殴られたように頭を揺らしていた。
視界がぐるぐるとまわり、足元もおぼつかない。それでもほむらは壁にすがりなんとか倒れずにすんだ。

「あ、暁美さん、大丈夫でございますか!?」
「すみません…ちょ、ちょっと興奮して…」
「暁美さんには少し刺激が強すぎたかもしれませんわね…ごめんなさい」
「いえ、それより…もっと詳しく…お話を聞かせてくれませんか?…しづいさん!」
「あら…」

仁美の驚いた表情を目にし、ほむらは自分でも驚いた。
他人の話に興味を持ったのは久しぶりな気がする。またハッキリと自分の意見を偽りなく言う事が出来たのも大きいだろうか。
少しクールダウンしていたところだが、まだほむらの顔は赤く紅潮している。ただし興奮しているわけではなく、少し照れているからだ。
仁美がすっかり落ち着いた様子の笑顔で、ほむらの顔をまじまじ覗きこんでいたからだ。

「そ、そんなに見つめられると、て、照れちゃいます…」
「うふふ、申し訳ありませんわ。嬉しくてつい。…初めてわたくしの目を見てくださいましたよね?」
「!…そ、そうかもしれません」
「これからよろしく…お願いしますわ、ほむらさん」
「は、はい!し、しづいさん!」

仁美が差し出してきた手をほむらは恐る恐る、だがしっかりと握った。
握手だってこれまでそんなにした記憶はない。とにかくこの時の仁美の手は温かくて、そして柔らかかった。
他人と打ち解けあうというのはこういう事なのだろうか。ほむらは確かな心地よさを実感し、絶望だらけだった新しい生活に光を見ている気分になった。

「…ほむらさん、一つだけ」
「え?」
「わたくしの名前は志筑(しづき)ですわ。志筑仁美。どうか覚えてくださいましね?」
「ええ?あ……////」

ほむらの顔がまた熱を帯び赤く染まっていく。いい加減本当に顔から火が出そうだ。
これまでずっと名前を間違って呼んでいたことが単純に恥ずかしく、ほむらは思わず顔を伏せる。

「あらあら。ほむらさん、大丈夫ですわよ?わたくし気にしてませんから」
「はい…し、志筑さん」
「うふふ。じゃあ保健室、行きましょうか」
「は、はい!」

そう言えばその為に連れ出してもらったんだったと今頃になってほむらは思い出した。
どこで話がこじれたのかを思い返すと、仁美との『あの』会話内容が思い起こされる。
一体なぜあんな話に夢中になってしまったのか。仁美と分かり合えたとはいえやっぱり恥ずかしい。
自分にもその気があった…と考えると、また頭がくらくらしそうになる気がしたため、ほむらはとりあえず保健室までの道順を覚えるのに専念することにした。

―――

翌日の朝、ほむらは学校へと登校した。
たった一人ぼっちの通学路。周りにいる生徒たちは友達と楽しそうに話していたりしてる人が多い。
だからと言って寂しいという感情が沸いてくることなく、やはり落ち着くとさえ思える。
時々、同じクラスの子がおはようと声をかけてきてくれても、ほむらは不器用に返すのが精一杯だ。
その度に仁美だったらうまく返事できそうなのに、とほむらは思った。その時だ。

「ほむらさん!」
「!」

それは昨日、転校して来て初めての友人の声だ。
ほむらはぱあっと表情を輝かせ、振り向いた。ほむらを迎えたのは確かに志筑仁美。
そしてその隣には初対面の少女が二人、ほむらに笑顔を向けていた。

「おはよう…志筑さん」
「おはようごございます。ほむらさん、こちらが昨日お話したお二人ですわ」
「昨日の?」

というと、欠席していた例の二人のことだろう。
一人は少し背が低く、髪の毛を二つに縛っている可愛らしい女の子。もう一人の方は対照的に背が高く、ショートヘアが特徴的なボーイッシュな女の子。
二人ともほむらに対して興味津々の様子である。最初に挨拶をしてきたのはツインテールの子の方だ。

「えっと、はじめまして!仁美ちゃんから聞いたよ暁美ほむらちゃん!私、鹿目まどかって言うの。よろしくね!」
「は、はい…」

まどかと名乗った女の子はほむらの手を握りはしゃぐように挨拶をしてきた。
とても元気な子のようでほむらは少し気圧されてしまった。そのまどかの後ろから今度はさやかが覗き込んできた。

「あたしは美樹さやか。よろしくねほむら。昨日はちょっと休んじゃってたからさ~」
「き、気にしてません」

昨日の仁美の話が思い起こされて二人の顔をまともに見ることが出来ない。
だがしかし、可愛らしくて小さい女の子と、凛々しささえ感じさせる長身の女の子。
そういう風に見比べたらなんとなく納得できてしまう自分が居て、胸の内は情けなさとわくわく感と半々である。訳が分からない。
するとさやかが訝しげにこちらの表情を読もうとしているようだった。

「どうしたの?」
「い、いえ!お似合の二人だなって思っただけで…」
「はい?」
「あ」

言ってしまった、と自覚した時にはすでに遅い。
ほむらは思い切りさやかの目線から逃げ、目を伏せた。

「ちょ、ちょっと?」
「ち、違うんです!えっと…鹿目さんと美樹さんみたいな二人が恋人同士なら素敵だなって…」
「…初対面の人にそういう事、言う?」
「あううう…」

パッと思いついたにしては気が利いたそらし方だと思ったのに…と、さやかの勘の良さに参ってしまう。
仁美との約束を破ってしまう。ほむらが半泣きになりそうになりながら助けを求めるように仁美に視線を向けると…

「ははーん…仁美か」
「そ、そんな…な、なんで分かるんですか…?」
「…顔に出過ぎだよ」

初対面の他人の表情を見ただけで人が隠しているものが分かるのだろうか?
少なくとも自分にはクラスメイトが何を考えているか全く分からなかったのだ。
出来ない方がおかしいのだろうか…そう考えていると、さやかはずいずいと仁美の方へ歩み寄っていた。

「仁美!アンタ大嘘を吹き込んでるんじゃないの!」
「まあ…それこそ嘘ですわ!だってさやかさん、いつもまどかさんに抱きついて「私の嫁だ」って叫んでいるじゃありませんか!」
「いやあれは…ちょっとしたスキンシップだってば」
「わたくしにはしてくださらないんですの?」
「い、いや…そういうのは引くって」
「ああやっぱり!さやかさんにはまどかさんしか居ませんのね!」
「だからぁ…」

言い争いに発展してしまい、ほむらとしては気が気でない。
だが、止めようにも止め方も分からない。もしかしたらこの二人は仲が悪いのではと頭を過る。
そんなほむらに声をかけたのはまどかだ。ほむらとは対照的に軽い表情である。

「大丈夫だよほむらちゃん、二人とも喧嘩してるわけじゃないから」
「そ、そうなんですか?」

怒っているさやかと、のらりくらりとそれをかわす仁美。とても仲がよさそうには見えないのだが…まどかはまるで無視している。
かえって怖いと思えなくもない。

「あの二人、ああ見えて仲良いんだよ?」
「そうは見えませんが…」
「それに、さやかちゃんにはちゃんと好きな人が居るんだよ」
「え?…男の人?」
「そうだよ♪」

まどかはにっこり笑顔で答える。
仁美の言葉とは正反対の言葉にほむらが面食らっていると、さやかが口をとがらせながら今度はまどかに怒った。

「こぉらまどか~!アンタも何勝手に人のプライバシーを!」
「てへへ…でも誤解されるよりいいでしょ?」
「あのねぇ…」

まどかもまた余裕の表情でさやかの怒りをかわしていく。
どちらかと言うと、さやかはまどかと仁美の二人に遊ばれているようにも見える。

「…ほむらー…この二人のいう事あんまり真に受けないでよ?」
「はあ…でもちょっともったいないですね」
「勿体ない?何が?」
「だって、美樹さん男らしいじゃないですか!…ね?」
「あ…のね…それ褒めてるつもり?」
「はい」
「は、ははは…」

さやかは額に手を当て、呆れたように言う。
なんで呆れているのか、ほむらには見当がつかないが、とにかくさやかの意気はほむらの一言で消沈し、後にはまどかと仁美の笑い声が残った。
ほむらだけは、取り残されたように他の3人を眺めている。3人、と言うよりは仁美一人を見つめている。
彼女一人であったならもっと楽しく話せるだろうに、とさえほむらは思っていた。


「とにかくさ、3人とも学校行こう?遅刻しちゃうよ」
「そうですわね、行きましょうか」
「へいへーい」

ぼちぼちと4人並び、皆で学校へ向かって歩く。
さやかも何だかんだで機嫌を直したようで、まどかと楽しそうに話をしている。
ここがチャンスと、ほむらはその隙に、とてとてと仁美の横につき、彼女の横顔を見つめる。相変わらず可愛い系ながら、凛とした表情がかっこいい。
ほむらが横に来たことに気付き、仁美はにこやかな表情をほむらへと向けた。

「?どうかしましたの?」
「い、いえ…その、……志筑さんの予想、違ってましたね」
「…うふふ…そうですわね。…でもわかりませんわよ?二人で何かを隠してるのは確かですもの♪」
「でも…美樹さん好きな人がいるって。…一体どんな人なんでしょうか。志筑さんは知ってますか?」
「………さあ?…でも。」
「はい」
「素敵な人ですわ。きっと…ね」

そう言い切った仁美の表情は、昨日からなんら変わらない、優しい柔和な表情だった。
違和感とか、そういうのは感じない。ただこの時に一瞬だけふいた緩やかな風が仁美の髪の毛をなびかせ、ほむらはこの時の仁美の表情が妙に印象付けられた。

「それより…言い方でしょう?お二方とも」
「はあ。そう、ですね」
「…どうかなさいました?」
「な、なにも?」

正直に言ってしまえば二人の事に興味がない。
仁美がいい人だと言い切るからには良い人なのだろうが、必要以上の人と付き合うのはしんどい、というのがほむらの気持である。

「……。怖がっておられますの?」
「こわい?」
「人と触れ合うことが」
「…うーん…」

違う…とは言い切れない。
そもそも何故人とのつながりを避けるようになったかを考えると、確かに恐怖が第一かもしれない。

「二人とも、わたくしのお友達なんですの」
「わ、分かります…けど」
「もちろんほむらさんのことも…わたくしは好きですわ」
「!」
「ですから…出来ればわたくし、ほむらさんが皆さんと仲良くしてくれたらなって思っていますのよ」

仁美の言葉がどう、と言うのは途中から頭に入ってきていない。
―ほむらさんのことも…わたくしは好きですわ。
その言葉があまりにも衝撃過ぎた。面と向かって行為をハッキリと伝えられたことなど経験がなく、すっかり舞い上がってしまっている。

「それともほむらさんはわたくしがお嫌い?」
「い、いえ、全然!好きです、私も…」
「なら…お願いしますわ♪」
「う…で、でも」
「わたくしからのお願いです。ね?わたくしもお手伝いはいたしますから」

結構、強引な人なんだなとほむらは思った。それこそ本当に自分とまどか、さやかの二人と仲良くしてほしいということは伝わってくる。
気乗りはしないが、仁美はすっかりその気である。

(…でも…ここで断ったらきっと、志筑さんは私のこと嫌いになっちゃう…それだけはイヤ…)

ただ一人での友達に嫌われたくない。ただその一心だった。
ほむらはそれだけを胸に、まどかとさやかに向き合うことになる…ところだった。仁美の話は、まだ終わっていなかった。

「ね、ほむらさん。別に断りたいなら断ってもいいのですよ?」
「へ?いや、そんな…全然嫌じゃないです…」
「嘘が下手ですわね、ほむらさん。表情がはっきり嫌がってますわ」
「……美樹さんにも言われました。…何故そんなに人のことが分かるのですか?」

自分がそんなに分かりやすい人間だという事なんだろうか。流石にこうも心の中をズバズバと言い当てられるといい気分はしないものだ。
ほむらの言葉から一拍置き、仁美は前を向く。無視されるものかと思いきや、仁美は横顔を見せたままゆっくり口を開いた。

「…完全に分かるわけではありません。ただ、考えたり、理解しようとはいたしますわ。
 その人が何を考えているのか、どういった価値観を持った方なのか…それをしないと、そもそも他人の事は見えてきませんわ」
「はあ…ちなみに私の事はどう見えてるんですか?」
「臆病者」
「な…?」
「色々な学校を転々として回って入院生活も繰り返してきて…人と触れ合って自分が傷つくのを恐れています。
 さっきも言いましたが、ほむらさんは常に怯えた表情をしてらっしゃいます。…特にお友達関連の話題になると…ね」
「怯えて…ですか」

そんなにきっぱりと言われると返す言葉もない。思い返してみれば思い当りあることだらけなのだ。
それでも仁美は笑顔で再びほむらに向き直った。

「自分を変えたい…と、思ったこともあるんじゃないですか?」
「…無くはない…と思います」
「なら頑張ってみません?あなたの勇気、ほんの少しだけ」
「勇気…あるんでしょうか?私に」
「ええ、誰でも持っているものですもの♪」

仁美が突如としてほむらの手を握った。
突然のことでびっくりしてしまうが、この手の温かさはとても心地よい。

「……ね?」
「は……は、い」

不安がなくなったというわけではない。やっぱり知らない人と付き合うのは億劫だ。
でもほむらはこの時だけは、『がんばってみよう』という気持ちになっていた。

(この気持ちは…誰の為なんだろう。自分のため?志筑さんのため?…ちょっと分からないけど)

二人と仲良くなれたら仁美はまたこんな風に笑って手を握ってくれるだろうか。
そうしてくれるなら、自分も嬉しいだろうと思った。ほむらは自分の顔が火照っていることに気付くのに少し時間がかかった。


―――

「ま、まどかさん!!」
「うわっ!?ほ、ほむらちゃん…どうしたの?」
「ほ、保健室に…つ、付き合ってほしくて」
「?調子悪いの?」
「いや…その、先生から定期的に来るように言われてて」
「そうなんだ。いいよ、行こうか」
「は、はいっ!」
「あはは…そんなに緊張しなくても大丈夫だよほむらちゃん」

(…大丈夫、だった?)

ほむらの心臓は爆音を立てており、下手をすればこれで体調を崩しかねないものだ。
しかし、勇気の甲斐あって、まどかに話しかけることが出来た。

(仁美さんは…)

不意に仁美の席に目をやると、目線が重なった。ずっとこちらの様子を見ていてくれたらしい。
仁美は両手でかるくガッツポーズを作り、笑顔を向けてくれた。ほむらは慌ててお辞儀をして返す。心がつながっている感じがしてほむらは嬉しかった。

「ほむらちゃん?」
「あ、はい!行きます!」

ほむらは仁美に再度おじぎをし、まどかと一緒に教室を出た。
保健室までの道順自体は覚えているので並んで歩いている。

「…仁美ちゃんのこと好きなんだね」
「え?えっと…そう、かも」
「ふふ…でもほむらちゃんの方からか私に話しかけてきてくれて嬉しいよ。仁美ちゃんとはいっぱいお話したの?」
「は、はい…それなりに、多分。お嬢様って感じですよね…綺麗でかわいい人だと思います」
「うん、男の子にもよくラブレターとかもらってるみたいなんだ~。先週ももらったって言ってたかな?」
「やっぱり…!…あの、仁美さんって…付き合っている男性とかは……?」
「もらったラブレターとかはみんな断ってるって聞いてるよ。付き合ってる男の子は居ないんじゃないかな?」
「好きな人は居るんですかね…?」
「分かんないけど…もしかしたら居るかも?だから断ってるとかかな」
「…仁美さんに好きな人がいるなら…どんな人なんでしょうね…」

まどかに話しかける時はあれほど緊張していたにもかかわらず、話の話題が仁美となると喋りがやたら饒舌になる。
ほむらはそれに気がついても驚かなかったのは、自分が仁美のことが好きだと自覚しているからだ。

「本当に懐いてるんだね仁美ちゃんに。なんだか仁美ちゃんがちょっと羨ましいな」
「へ?そ、それってどういう…」
「もっといっぱいお話したいな、ってこと。みんな、もっとほむらちゃんのことを知りたがってると思うから」
「で、でも…私なんか…」

急に話題が自分のことに変わり、また言葉を詰まらせそうになってしまう。
まどかはそんなほむらの口元に静かに人差し指を当てた。

「ダメだよ、自分のことを『なんか』って言っちゃ。それはほむらちゃんだけじゃない、ほむらちゃんのことが好きな人にも失礼なことだと思うよ」
「!」

仁美に言われて嬉しかった言葉。好意をストレートにあらわした、『好き』
自分を卑下する物言いは謙虚にはならないという事…。それは仁美に対する侮辱にもなってしまう。
ほむらは自分の心を貫かれた気分になった。

「私……」
「それに気が付いたら、ほむらちゃんもきっと自分に自信が持てるようになると思うよ」
「は…はい…!」
「えへへ…改めてよろしくね、ほむらちゃん!」
「あ…」

ほむらの手を握ってきたまどかの手は仁美のそれと同じように温かくて優しい感じがした。
仁美の友達。確かに、良い人だ。自分に勇気を出すきっかけを与えてくれた仁美にはいくら感謝してもしたりない…。
ほむらはまどかの手を気持ち強めに握りしめた。



場所を教えてもらったばかりの体育館倉庫の前。入り口の扉は開いていて、中からはごそごそと物音がする。
体操着に着替えたばかりのほむらはここで中の人物が出てくるのを待っていた。
やがてその人物は両手いっぱいに道具を抱え、倉庫から出てきた。

「うわっ、ほむら?どうしたの。集合場所は…」
「あ、あの…何かお手伝いできることはないかなって…」
「えっ、いいよそんな…結構重いよ?コレ。大丈夫大丈夫、あたし結構~力あるんだから」
「うぅ……な、何か…」
「…んー。…じゃああれだ、このノート持ってよ。記録付けるヤツ」
「は、はい!」

ほむらはさやかが持っている大荷物の一番上に置いてある大学ノート。そしてホイッスルと筆記用具が入った小さなカゴも取り出した。

「かなり埃被ってますね」
「滅多に使わないからね。今日は一年ごとの体力測定の日だからさ。ほむらは運動とか得意…じゃあないよね」
「…はい」
「ま、無理しちゃダメだよ。気持ち悪くなったらすぐ誰かに言うんだよ?先生でもまどかでも仁美でも。もちろんあたしでもいいけどさ」
「あ、ありがとうございます」
「あたしに言ってくれたらさ、抱きかかえて保健室まで連れて行ってあげるよ」
「そ、そそそ、それはさすがに…恥ずかしいですよ」
「なははは」

でもこれだけの荷物を持っているさやかなら本当に自分を持ち上げられることだろう。
男性的な印象に違わず力はありそうだ。あの腕に抱きかかえられたら…自分も惚れてしまうかもしれない。
…やっぱり女の子じゃなくて男の子の方がよかったんじゃないかな、と、さやかが聞いたら間違いなく怒り出すようなことをほむらは茫然と思っていた。
ふと、まどか、さやかの二人と初めて出会った時の朝を思い出した。

「さやかさん、好きな男性が居るんですよね?」
「は?い、いきなり何を言うのかねっ!?」
「まどかさんが言ってたじゃないですか」
「ああああ、あれは……」
「も、もしかしてやっぱり、バランスを取るために女の子みたいな男の人ですか?」
「どういう意味よ…」

結局さやかの機嫌を損ねてしまったほむらだが、さやかがなんで不満そうなのかは理解できていないでいる。
上手いことを言ったつもりだが、他人の心はまだ掴みきれていないらしい。

「ご、ごめんなさい…。じゃ、じゃあ、どんな人なんですか?好きな人って」
「や、だから……さ……」
「はい」

さやかはなんとかして誤魔化したいと考えていたが、ほむらは自分が聞きたい一心、さやかの返事を待ち続けていた。
だが返事が返ってくることはなく、さやかは次第に顔を真っ赤にしていった。

「も、もういいじゃん!ほら、授業に遅れるしさ!早くいこ!」
「え?あ、ちょっと…」

さやかは荷物を抱えたまま、速足で行ってしまった。
あれだけの大荷物を抱えているのによくあそこまで動けるものだとほむらは思った。
ほむらも置いて行かれてしまわないように駆け足でそれを追いかけた。
それからさやかはほむらが口を開こうとすると、慌てて言葉をかぶせ、必要以上に喋っている。

(…あ、もしかして……照れてる、のかな…?悪いことしちゃったかな…)

でも好きな人はやっぱりいるんだろうとほむらは殆ど確信していた。慌てて隠すってことはそういう事なんだろう。
ただこの話はあまりしないようにとも思った。誰にだって触れてほしくないことがあるのは自分自身もよく知っているのだから。
それでもいつか、そういう話を自然にしたいとほむらは思った。

「あ、でも、さやかさん!これだけは言わせてください」
「へ?な、なに?」
「い、いつか、両想いになれると…いいですねっ!」
「~~~!…あ、ありがと…」

常にこっちの目を見て話してくれるさやかがこの時ばかりは目線をそらした。
さやかのあの照れ様に『やっぱりちゃんと女の子だったんだな』と、相変わらず失礼なことを考えつつ、さやかの恋愛成就を心から願った。
凄く面倒見もいいみたいだし、彼女に想われる男の人はきっと幸運なのだから。

――


仁美だけでなくまどかやさやかにも少しずつ心を開くことができ、ほむらの学校生活は思いのほか充実していた。
他のクラスメイトとも、簡単に言葉を交わすくらいまではできるようになり、ほむらはクラスの一員に溶け込み始めている。
特に仲がいいのはやはり仁美たち3人で、休み時間などはよく4人で一緒に居る。

が、今日はまどかとさやかの二人は欠席。初日以来の二人同時欠席である。
昼休憩、校舎の屋上にてほむらと仁美は久しぶりに二人っきりだ。

「久しぶりですね、二人きりって…」
「そうですわね、ここのところはずっと長続きしてましたから…」
「何をしているんでしょうね、まどかさんとさやかさん…」

以前は仁美と二人きりでないと落ち着かない気分にさえなったというのに、今は4人中、二人減っただけでちょっとした寂しさが生まれてしまう。

「…誰にでも秘密はあるものですわ。それに深入りしてはいけないのです」
「……。でもいつか…私は聞きたいなって思っちゃいます。…いけないことなんでしょうか」
「そんなことはありません。ほむらさんの仰ることも分かりますわ」

ほむらは今一度、仁美の立場になって考えた。自分が転校してくる以前は、仁美たちは仲良し3人組だったはずだ。
…ならもしここに自分が居なかったら、仁美はたった一人ぼっちになってしまう。
仁美は社交性が高いから実際にはそうはならないだろうけど、自分が仁美の立場になったら、きっと耐え難い。
どんな理由があるかは分からないけど、まどかとさやかの二人のそういうところだけは少し嫌だなとほむらは思っていた。

(こういう時はどうしたらいいんだろう…)

しばし考えた後、ほむらはとあることを思いつく。
実際に実行するのは恥ずかしさで少し躊躇いかけたが、実際は割とすんなりとそれは出来た。

「……わ、わたし、やっぱり仁美さんのことが大好きみたいです!」
「え?」
「そ、その…まどかさんとさやかさんともお話とかしましたけど、…私にとってはやっぱり仁美さんが特別って言うか…」
「気持ちはとっても嬉しいですわ。けど…」
「!あっいや、その女性同士とかに興味があるとか言うんじゃなくて…もっと健全な感じに…そ、尊敬してます!」
「うふふ…ありがとうございます」
「えっと、私、自分で言うのも変ですけど…変われた気がするんです。…ま、まどかさんやさやかさんと仲良くなれたのも、仁美さんのおかげだと思いますし、だから…」
「ありがとうございます、嬉しいですわ。…ただ、いきなりそんなことを言い始めるのは…理由があるのではございませんか?」
「え、まあ…。…はい」

ほむらは一度言葉を切り、大きく深呼吸をした。仁美の笑顔に答えるように真っ直ぐに彼女の瞳を見つめる。

「内緒に、してほしいんです。その、私が仁美さんにこう言ったこと」
「…どういうことですの?」
「ひ、秘密です」
「秘密?」
「まどかさんとさやかさんに二人きりの秘密があるんなら、私も…仁美さんと隠し事したいなって…その…」
「まあ……!」

二人に対する当て付け、と言うのは違う。
でも自分が仁美だったら。秘密や約束を共有できる、ただ一人の友達が居れば安心できる。ほむらはそう考えたのだ。

「だ、ダメでしょうか…?あ、ダメでも今言ったことは内緒に…恥ずかしいですし……」
「…ほむらさん、あなた、顔に出やすいところは変わってませんわね」
「え?………あ…そ、そういえばまどかさんにはばれてたんでした…こ、これじゃ秘密にならないですね……」
「うふふ…ほむらさんの心遣い、嬉しいですわ。わたくしが仲間外れにされて落ち込んでいると思われたのですね?」
「ええ?いやそんな…はっきりとは…」

不意に、ほむらの体が引き寄せられ、全身を温かくふんわりした感触、そして香りが包み込んだ。
体を仁美に抱きしめられたと分かったのはしばらくした後で、それに気付いた瞬間、ほむらは冷静さをなくしてしまった。

「あっああああっああ、あ………」
「ありがとうございます」

仁美の体が今一度離れる。
この時の瞳の笑顔がいつもより輝いて見えたのは気のせいではないとほむらは思いたかった。
心臓が跳ねすぎて少し痛いくらいに感じる。

「せっかくですからほむらさん。私の秘密…あなたにお話しさせてくださいませんか?」
「仁美さんの…秘密…?」
「わたくしが、……お慕いしている殿方の、こととか…そんなのでよろしかったら」
「!」

まどかから話を聞いてずっと気になっていたこと。
そんな大事なことを私なんかに― 一瞬、そういう思いもしたが、言葉を飲み込む。
それを言ったら、かつて自分を好きだと言ってくれた仁美に失礼にあたってしまう。まどかの言うとおり。

「私で良かったら是非、聞きたいです。仁美さんみたいな方が好きになる人がどういう人かって」
「あら、素直ですわね。ふふっ、でも嬉しいですわ」

ほむらの返事に仁美は上品に笑って見せた。いつ見ても飽きない、まるで太陽のような笑顔である。
が、正直に言えば、仁美のことを早く知っておきたいと思っていることもほむらの本音。
笑顔に見とれるのもそこそこに、ほむらは本題へと切り出す。

「この学校の生徒ですか?」
「ええ。でも最近までは入院なさっていたので…ほむらさんとは面識がないのではないでしょうか」
「入院?…その方とも体が弱いとか…?」
「…交通事故に遭われたんです。左腕が不随で…動かすことすらできなかった」
「事故……辛かったでしょうね」
「昔からずっとヴァイオリンの習い事に命を懸けていらっしゃる方だったんです。
 『彼』のヴァイオリンを弾く姿をはじめて拝見した時は思わず見とれてしまって…その時からでしょうかね」
「仁美さんも…習い事はしていらっしゃるんですよね?確か、ピアノとか。音楽好きで話題が合ったとか?」

まどかに聞いた、仁美の習い事。
その一つがピアノだが、それ以外にも仁美は多くの習い事に通っているということだ。
しかし仁美は静かに首を横に振った。

「わたくし、習い事はしていますけど…どれも心から好きでやっているわけではないのですわ」
「え…」
「勘違いなさらないでくださいね?家族の者に強要されたとかそういう事ではありませんのよ。
 わたくし自身、色んなことを体験したいとか、そういう願望はありましたから。
 …ただ、『彼』は違うのです。本当にそれが好きで、好きだからそれだけに打ち込むことができるんです。
 そして、ひたすらに上を見て、我武者羅に夢を追いかける。そんな方です
 …凄い方だと思います。わたくしには出来なかったことですわ。だから惹かれているのかもしれませんわ、『彼』に」

ほむらは仁美をはじめて身近に感じることが出来た気がした。
自分にとって恩人で、果てしない存在のように思えていた仁美も、自分と同じように他人の事に惹かれたりするものなんだと。
後で思えばそれも当たり前のことなのだが、この時はとても新鮮に感じられた。

「素敵な方なんですね」
「はい!とっても…」
「…でも、さっき入院してるって言ってましたよね?左手が動かないって…それ、大丈夫なんですか?」
「一時期は絶望的だったそうなのですが…どういうわけか奇跡的に動くようになったみたいですわ。
 それを聞いて思わず連絡を取ったくらいですもの!久しぶりに聞いた『彼』の声はとてもよく覚えていますわ。
 喜んでいるというよりも驚いた様子でしたわね。わたくしもついはしゃいでしまいまして」

(…楽しそうだ。本当に好きなんだなあ…)

自分のことをこんなに話してくれたことは今までになかった。
仁美の一面を知ることができたこと以上に、それを見せてくれたことを嬉しく思う。

「…あれ?その方が入院してる時はお見舞いとか行ったりしてなかったんですか?」
「ええ…会った方がいいのかとは思いましたけど…。色々理由もありまして」
「理由?」
「わたくしは…『彼』が戻って来てくれると信じたかったのですわ。わたくしから会いに行くのではなく、『彼』がわたくし達の所に、ね。
 …そして、その通りになった。わたくしの考え方が正しいかどうかは分かりませんが…今、凄く幸せですわ」
「仁美さん…その人のことがすごく好きなんですね。何というか、その。仁美さんいつもより綺麗に見えます」
「そんな…お世辞を言っても何も出ませんわよ?」
「えへへ。…あの、良かったらその人のお名前を教えてくれませんか?」

即答、とは流石にいかなかったものの、仁美は少し考えた後でほむらににっこりほほ笑んだ。

「上条、恭介さん」
「上条さん…ですか」

病院通いの自分ならもしかしたら知っているかも、と考えたが、結局聞き覚えのない名前だった。
だからどうだということもないが、一体どんな人なのかと言うのは気になる。
事故に遭ってしまったヴァイオリニスト…何となく薄幸の美少年と言うようなイメージがする。

「その上条さんは…って、仁美さん?」
「………」
「あの?」

上条恭介と言う人物について更なる追及をしようと思ったが、仁美は何故かほむらから顔をそむけてしまい、話を聞くことが出来ない。
ほむらがなんとか表情を覗き見ようとしても、仁美はそれから逃げようと更にそっぽを向く。
そんな時、仁美の長い髪の毛の間から、彼女の耳がちらりと現れた。透き通るような白い肌であったはずなのに、仁美の耳はどういう訳か真っ赤に紅潮している。

「仁美さん、耳が真っ赤ですけど」
「な、なんでもありませんわ…」
「で、でも…もしかして調子が悪いとか、熱があるとか!?」
「…もうっ!ほむらさんっ、趣味が悪いですわ!」

ひたすら逃げていた仁美が一転、髪の毛が揺れるくらいに激しくほむらに向き直る。
突然怒鳴られてしまい驚いたほむらだが、彼女の表情に表れていた反応にほむらは謝ることも忘れた。

「耳って言うか、その…顔全体が…真っ赤ですね」
「~!」

仁美はまたぐるんと顔をそむける。
この反応。どこかで見たことがある。…さやかに追求した時と同じような反応なのだ。
またやってしまったとほむらは申し訳なくなった。

「ごめんなさい、照れてるんですね…私ったら気付かなくって」
「そういうとこは…まだ鈍感なのですわね」
「私、男の人を好きになったことがまだなくて……。でも、今の仁美さんかわいいです!綺麗なうえにかわいくもなれるなんて、仁美さん流石です!」
「…あまり嬉しくありませんわ……」

もう隠してもしょうがないと思ったのか仁美はほむらから顔をそむけるのをやめ、姿勢を戻した。
ため息をつき、いつも通りの彼女に戻ったように見えるが、その顔はまだ赤見がかっている。
その瞬間、ほむらの目には、彼女の何かが少し変わったように見えた。どこか、詰め物がとれたかのようにすっきりした様子だ。

「…決めましたわ」
「え?何を?」
「ふふ…それはまだ内緒ですわ」
「は、はあ……?」
「ほむらさん」
「はい?」
「ありがとうございます。わたくしにも決心がつきましたわ」
「決心…?な、何のことです?」
「ですから、まだ内緒」

仁美は人差し指を立て、口元にあててみせる仕草をしてみせる。
まるで何かが吹っ切れたような感じだ。一体何がそうさせたのかは分からないし、語ってもくれない。
ただほむらは自分自身の変化も、今の仁美と同じように感じられていたのかもしれないと考えると少しうれしくなった。

「いつか教えてくださいね?それ」
「近いうちに、ですわ」

二人の少女は小さな子どもの様に小指を結び、微笑ましい約束を交わした。



これが、この出来事が。後に取り返しのつかない事態を起こすことを、二人はまだ知らないのだ。



――

ほむらと仁美が約束を交わした数日後の学校。
その日はほむらと仁美、そしてまどかと一緒になって登校していた。どういう訳か、さやか一人だけが学校に来ていない。
正確に言うとあの日の翌日からさやかの姿も声も見ておらず、さやかと仲が良かったまどかも最近はずっと元気がない。
まどかと仁美の2人にどことなく重苦しい雰囲気を感じる中、口を開いたのは仁美だった。

「今日もさやかさんはお休みなのでしょうか…もう3日目になりますわ」
「体調が悪いんでしょうかね…?元気そうな方なのに…心配です。…お見舞いとか行った方がいいですかね?」
「お見舞い?」
「でも私、お見舞いしてもらったことはあまりないですから…何を持って行ったらいいんでしょうか?花とか…色紙に寄せ書き?あとは千羽鶴…」
「そ、そこまではしなくてもいいと思いますが…」

ほむらはふとまどかの方を見やと彼女はまだ浮かない表情でうつむいているのが見えた。
落ち込んでいる…のとはまた違う気がした。

「まどかさん…さやかさんのこと何か知ってますか?」
「……え?あ、うん」
「さやかさんの好きな物ってなんなんでしょう?お見舞いに持っていこうかなって。みんなで行きましょうよ!」
「…さやかちゃんの……?」
「もう三日もあってないですし、久しぶりに顔も見たいかなって思ったんですけど」
「…………。そう、だね」

すこし顔を上げたかと思うとまどかはまたも顔を伏せる。
まどかは何かを隠しているのは違いないようだが、話してくれる気配はない。
そしてゆっくりと顔を上げると、ほむらの目をまっすぐと見据えた。

「まどかさん?」
「ゴメン、ほむらちゃん!…仁美ちゃんも。あたし、今日は学校休む!」
「ええ?」

まどかは一言それだけを言い放つと踵を返し、脇目振らずに走り出していく。
ほむらはまどかの背中に言葉を投げかけるが、無視しているのか聞こえていないのか、まどかが足を止めることはなかった。

「…行っちゃいました」
「………」

悩みがあるのなら何故話してくれないのだろう。
まどかにとってはまだ信頼されるような存在ではないという事か。
そして共に残された仁美もやっぱり浮かない表情をしている。

「あの、仁美さん…まどかさんどうしちゃったんでしょう」
「…さあ……。色々想うところはあるのでしょうね」
「…。あの、良かったら今日、一緒にお見舞いに行きませんか?さやかさんの」
「それは、素敵な考えですわね…。でもわたくし、今はちょっとさやかさんと顔を合わせづらいのですわ」
「え…どうして?ま、まさか喧嘩!?」
「そんなところですわ」
「だったら尚更じゃないですか!今日一緒に行って仲直りしましょう!」

しかし、仁美もまたまどかと同じ。何も語ろうとせず、誤魔化そうとしている風に見えた。

「わたくしは学校に行きます。ほむらさん、遅刻してしまいますわよ?…それともほむらさんもお休みですの?」
「…行きます」

心が擦れ違ってしまっている…嫌なことが起こる気がしてならない。
せっかく仲良くなれたのに、このままだと自分たち四人は取り返しに付かないことになってしまう…或いはもう手遅れなのか。
ほむらの胸の内がちくりと痛む。

(仁美さんとさやかさん…どんな理由で喧嘩したのかな…まどかさんも、絶対何か知ってる。
 …あたしだけ何も知らない…)

後ろ向きにありそうな思考を何とか振り払おうとする。こんな中で自分まで気落ちしちゃいけない。
ほむらは普段かけているメガネを外し、裸眼で空を見上げた。ぼやけた雲の足が速い。風がやや冷たいがいい天気だ。

(私にできることを探そう!みんながまた仲良くなれるように!


 …………。
 や、やっぱりメガネはかけておこう…何も見えないや…)

外見だけつくろっても仕方がない…。ほむらは必死に頭の中をめぐらせながら仁美の後をついて歩いた。




この日、授業中も休み時間もひたすらに自分が出来ることを思い描いていた。
やはり思い浮かんだのはさやかに会うこと。まどかとは連絡がつかず、仁美も語りたがらない…ならあとはさやかしかいない。
さやかとも久しぶりに顔を合わせたいことだし、ちょうどいいとも考えられた。
…が、そのさやかとも一切連絡がつかない。電話を何度コールしても、メールを飛ばしてみても、ほむらのケータイは何も受信することがなかった。

結局この日は何もすることが出来なかった。ほむらは自分の不甲斐なさを痛感してしまうが、まだ彼女はあきらめてはいなかった。
自宅の布団の上で横になりながら、明日はさやかの家に直接訪問しようなどとも考えていた。
ゆっくり時間をかければ何とかなるはず…。その思いでほむらは動いていた。






――が、やはり、遅かった。昨日よりもずっと、ほむらは自分の無力さを突き付けられることになった。
翌朝の学校。ほむらと仁美、そして見慣れたクラスメイト達の面々はいつも通りの朝のおしゃべり中だ。
やがてチャイムが鳴り、皆がぼちぼちと自分の席に着き始める。大体はこのあたりで清々しい挨拶と共に先生が教室へ入ってくるのだが…今日はなかなかやって来ない。
ようやくになって教室に入ってきた先生の表情はとても鎮痛で、見ていられないほどに真っ青だ。
また、先生一人ではない。普段はめったに顔を出さない校長先生まで一緒だ。
クラスメイトもほむらもただならぬ雰囲気を感じ、どよめき始める。

「…みなさんに…残念なお知らせが、あり…」

言葉がとぎれとぎれになっている。
嗚咽が先生の言葉を邪魔している。とうとう彼女は泣き崩れ、その言葉はかき消されてしまう。
いつもとは違いすぎる朝にほむらの胸がきゅうっと締め付けられる。

見かねた校長先生が、代わりに放ったその言葉。それは


美樹さやかの死を教えるものだった。



―――


暁美ほむらは、涙すら出なかった。
みんながまた笑いあうにはどうしたらいいものか…それを考えていた矢先の、あまりにも唐突過ぎた出来事。
『美樹さやかの死』。それを聞いた時、何を馬鹿なことを言っているんだ、とさえ思った。
しかしさやかにどれだけ連絡を取ろうとも、全く通じない。ある程度コールしたのち、誰かが出たと思ったらそれは留守番電話サービスに繋がる。


…そしてすぐ2日後、さやかの葬式には親族のほかに学校関係者、クラスメイト達も参加していた。
ほむらの目の前にあるのは、花輪に囲まれたさやかの遺影。…そして、棺。
その早すぎる死に周囲の人たちは皆泣きながら悲しんでいる。ほむらは相変わらず実感がわかないまま座っていた。
泣こうにも泣けない…表情が変わらないのだ。まばたきすらしてないのかもしれないと思うほどに、ほむらの時間はただ流れていくだけだった。
遺影の中のさやかはいつも通りに笑っている。その声は今にも届いてきそうな気がして、悲しい気分には至らない。

しかし、お経が終わった後に参加者全員が棺を取り囲み、行われる、『最後の別れ』
ほむらも何気ないままそこに参列したが、その棺の中身を見たとき、…ほむらの感情は一気に膨らみ、溢れた。

「あ、ああ…あ……」

棺の中で装束に身を包み、眠っているその少女は紛れもなく、さやか本人。
ほむらは頭を殴られたかのようにふらふらし、ぺたりと地面に座り込んだ。腰の力が抜けたのだ。

「あ、暁美さん…」

クラスメイトの一人がほむらを気遣って近寄ってきてくれたが、ほむらはそれどころではない。体中の震えが止まらない。

「違う……違うよ…だ、だって……違う…違う…」


『あたしは美樹さやか。よろしくねほむら。昨日はちょっと休んじゃってたからさ~』
『…ほむらー…この二人のいう事あんまり真に受けないでよ?』
『…んー。…じゃああれだ、このノート持ってよ。記録付けるヤツ』
『あたしに言ってくれたらさ、抱きかかえて保健室まで連れて行ってあげるよ』
『~~~!…あ、ありがと…』


「違うの…違う……」

たったの1か月未満の間で交わしたさやかとの会話が次々に頭の中をめぐる。
違うとひたすら否定しても、何者かが無理矢理に現実を押しつけてくるようだった。

―もう………だ、ダメ……


すすり泣きが聞こえる葬式会場に、ほむらのひときわ大きな泣き声が会場に響いた。
それはまるで、葬式に退屈して駄々をこねる、子供の癇癪に近い泣き方のようで…だがそれは、確かに、友人の死に深く傷つき悲しんでいるものであった。


「…ほむらさん」

泣き叫ぶほむらの体を優しい感触が包み込む。
それが誰のものかほむらは確かめることもせずに、その体を強く抱きしめ、泣き続けた。

のどがかれるまで泣き続け、目じりが渇くまで、ほむらは泣き続けた。
ほむらは何者かに抱きしめられたまま、周りには人気もないらしい。

(………あったかい)

自分のことを抱いてくれた人の顔を確かめたわけではないが、この感触自体はほむらにとって二度目。
目の前の彼女の服は、自分の涙が染み込んだこととと強く抱きしめたことによって皺くちゃになってしまっている。

「仁美さん…」
「……親族の方々は行かれました。クラスの方々も、もう解散しています」
「……そう、ですか…」

また、涙が出そうになる。
白昼夢とかなら良かったのに、と考えつつも、現実はやっぱり変わらない。

「帰りましょう…」
「…はい…」

よろめく体を仁美に支えてもらいつつ、ほむらはその場を後にする。
一時間も泣いていないはずなのに体力の消耗が著しく、一人では立っていられないほどだった。
会場を後にした後、殆ど仁美に手を引かれている形で帰っていたのだが、その間は会話らしい会話が一切なかった。
…と言うより、さやかの訃報を聞いてからは誰の顔もまともに見ていない。ここに居る仁美も、泣いているのだろうか。

「…さやかさん、なんでこんなことになってしまったんでしょうか…」
「…………」

聞いた話ではさやかは最近ずっと家に帰っていなかったというのだ。
それが突然、ある朝、さやかの自室に変わり果てた姿で発見されたという。死因も何も全く分かっていない。
…最後の別れの時に見たさやかは、肌の色は健康体そのもので、本当に今にも目を覚ましそうだったのは鮮明に覚えている。

転校してきたばかりのころに仁美の頼みで、まどか、さやかの二人と仲良くなるのに尽力をした。
それが仁美の頼みだからなのか、それとも自分のために決意したものなのか。その時は分からなかったが、さやかがもう居ないという事実を突き付けられると、自分自身が潰されそうなほどに辛い。
切っ掛けはどうあれ、ほむらの中で仁美はもちろん、、まどかもさやかも掛け替えのないものになっていた。

「私は……私は…さやかさんのこと、大好きです………ずっと」
「……………」
「…仁美さん?」
「……ほむらさんにそう思われて、さやかさんも…嬉しいでしょうね」
「…でも…もっとお話ししたいこととかいっぱいありました…。さやかさん、好きな男の人が居たはずなのに……。
 いつか教えてほしいなって思ったりもしたし…。私、さやかさんが両想いになれるようにとも……願っていたのにっ…!
 こんなのってないですよ…酷すぎますよ…」
「…………………」

自分より前を歩いている仁美が突然その足を止め、ほむらはその背中に思わずぶつかってしまう。
髪の毛のふわりとした感触が顔に触れるが、仁美の背中から感じるものはとても暗い印象を受ける。

「ど、どうかしたんですか?」
「………」

突っ立ったまま仁美も、そしてほむらも動かない。
―いや、よく見ると両手で握り拳を作り、ふるふると震わせている。しかしそれが仁美のどんな感情を表しているのか、それは分からない。
ややすると、仁美は握り拳を力なくほどいた。

「…さやかさんを死に追いやった人がいるとします。もしその人が…あなたにとって身近な人だったとしたら。ほむらさんはどうしますか?」
「え?」
「わたくし、さやかさんがお慕いになっている人のことは、良く…とても良く、知っていますのよ。だって…さやかさんは…わたくしにとって」
「ひ、仁美さん…?」

ゆっくりとこちらを振り向いた、仁美の顔。あの日から仁美の表情をまともに見るのは初めてだった。…ほむらはぞくっとした。
自分は顔をぐちゃぐちゃにして泣きすがっていた。仁美も…泣き叫ぶかはさておき、悲しんでいるものと思っていた。

「さやかさんはわたくしの…恋敵、でしたもの」

そこには、緩い微笑を浮かべ、ほむらの瞳をまっすぐと見据える仁美がいた。
沈みかけている太陽を背負い、仁美の顔が陰に隠れかけており、不気味さを引き立てている。

「こい、がたき…って…」
「わたくしも、さやかさんも。二人とも上条さんに想いを寄せていたという事ですわ。
 …だからわたくし、さやかさんに勝負を挑みまして…その結果少し前から、晴れて上条さんと恋人同士になれましたのよ」
「!…そ、それって……どういう…。仁美さんとさやかさんは……?」

二人に好きな人がいるというのは知っていたが、それが同じ人だっただなんて思いもよらなかった。
さやかの好きな人のことはこれまで知らなかったとはいえ、自分が、同じ人に想いを寄せる仁美とさやか、二人ともを応援していたことに衝撃を受ける

「…さやかさんは時間がある度に上条さんのお見舞いに足を運んでいらっしゃいました。甲斐甲斐しいほどに。
 そんなさやかさんを見れば、さやかさんが上条さんに想いを寄せていることなんて誰でもわかりますわ。…付き合いを続けていればほむらさんもいずれは分かったでしょうね。
 尤も…さやかさんはわたくしの気持ちには気づいておられなかったようですけどね」
「ど、どういうことなんですか?仁美さんは…何をしたんですか…?」
「勝負を挑んだんです。さやかさんにね…。どちらが上条さんの意中を物にできるか…。そうです、わたくしがほむらさんに、上条さんのことを打ち明けた…すぐ次の日ですわ
 そして…さやかさんはそれから学校に来なくなりましたし、連絡も全くつかないようになりました。
 そう、結果的にさやかさんを追いつめたのは…間違いなくわたくしですわね」
「…わ、私、仁美さんが何を言いたいのか、よく分かりません…」

なんとなく凄みを聞かせて語る仁美の気迫にほむらはじりじりと押される。…が同時に大きな違和感もほむらの中で渦巻いていた。
仁美が自分に何を言いたいのかがイマイチ伝わってこないのである。
その話に衝撃を受けたのは確かだし、ある程度の因果は感じるが、それはさやかの死とは断じて直結しない事柄だからだ。

「…わたくしはね、ずるいんですの」
「ずるい…?」
「勝負を挑んだ、と申しましたけど…正々堂々とした挑戦状ではありませんの。最初から確実に勝てるように布陣を敷いて…もちろんさやかさんには気付かれないように、ね
 さやかさんが上条さん退院の報を知らされていないと聞いた時は…ここがチャンスだと思いましたわ。
 ふふ…、それでいてわたくしはさやかさんに『抜け駆けはしたくない』とか、『あなたとも上条さんも大切な存在』だとか…平然と言えたんですよ?」
「………」

陽が急に暮れ始めた気がした。
景色赤く染まりだし、仁美の表情がさらに読みにくくなっていく。それでもほむらはしっかりと仁美の顔を見据えようとしていた。

「…だから言いましょうほむらさん。わたくしの狡さは…何もさやかさんに対してだけではありません。
 上条さんもまどかさんも…そして、……あなたにも、ね」
「!?わ、私…?」
「そう…暁美ほむらさん。あなたにとってわたくしは初めて心を許せる人だったのでしょう、ここへ転校して来て。
 怯えるあなたに、わたくしは一つアドバイスをしました。『まどかさんやさやかさんともちゃんとお話をしてみては?』と」
「……あ…『あなたの勇気、少しだけ』…。私はこの言葉に、すごく勇気づけられたんです…私にはこれっぽっちもなかった勇気を…引き出してくれた…」
「それはあなたの為を思って言った言葉ではありません」
「!!」
「全ては自分のため。わたくし自身のため」
「ど、どういう…!?」
「……あなたがわたくしの事をお慕いしていただいてた事については嬉しかったですわ。…ただ、わたくしには重すぎたのです。あなたの好意は…
 わたくしは、あなたからの強烈な『好意の重圧』から逃れるために、まどかさんとさやかさんにあなたの事を押しつけようとした。
 …要は…あなたは邪魔だった」

「!」

仁美の目がギラリと光った…気がした。ここ最近は体調も良かったというのに久しぶりにほむらの息が乱れ、呼吸が苦しくなる。
―邪魔だった―。自分の聞き間違いであって欲しかったが…。仁美のこの言葉はほむらの耳に鮮明に届いており、否定はしようもなかった。

「ひ…、仁美、さん……」
「もう、これっきりにしましょう。あなたもわたくしとは居たくないでしょうから。
 …あ、さっきのことはご心配なく。あなたを押し付けたとは言いましたが、まどかさんの方は純粋にあなたとお付き合いしているでしょうから、一人ぼっちになることはないでしょう」

―違う。仁美の言う事は…やっぱりおかしい。腑に落ちない。
仁美がゆっくりと踵を返して去ろうとする…。彼女を行かせてはならないと心の中では思うも、言葉が見つからなかった。
…が、仁美がちょうど横顔を見せたとき、考えるよりも先にほむらは叫んだ。

「仁美さん!」
「…!」

仁美がほむらに背中を向けかけたところで、仁美は動きを止める。
この時、ようやくほむらはハッとなった。ようやく違和感の正体をつかめたからだ。

(自分で言うとおりだ…この人は、ズルい人だ…)

それが分かった時、ほむらは驚く程に冷静で居られた。
そうして一歩一歩、ゆっくりと仁美の方へ歩み寄っていく。

「仁美さん…私の事、利用しようとしてますね」
「………」
「なんで今そう言ったことをわざわざ打ち明けたのか…。想像ですが、私にわざと嫌われるようにしてませんか。
 …さやかさんが死んだことに、あなたは深い負い目を感じている…。だから自分の交友関係を断ち切っていって…自分に罰を与えようとしてる
 まどかさんが早退した日のことを思い出しました。まどかさん、いつもと違って、仁美さんの目を見ようとはしなかったし雰囲気も悪かった…
 あの時、まどかさんはもう知っていたんですね…。仁美さんから話したのか、最初から事情を知っていたのかは知りませんが」
「……答えは先ほど言った通りですわ。それが全て。さやかさんのことも、あなたのことも」
「はい、そうでしょうね。…私の気持ちが重荷になっていたというのは分かります。今思えば否定のしようがありません。
 もし私が最初に出逢っていたのがまどかさんかさやかさんだったら…私は彼女たちに依存していたでしょう……。
 でも…」

仁美が再びこちらに向き直った。逆光どころか、やや俯き加減で表情は窺い知れない。
それでもほむらはしっかりと仁美に歩み寄っていく。直接の目では見られずとも、彼女の心は見えているつもりだった。
やがてほむらは仁美の目の前に立ち止まった。

「私はそんな仁美さんに感謝しています」
「何故?」
「あなたの言葉があったから…私はまどかさんやさやかさんたちと友達になれたんです。
 たとえ、仁美さんにどのような意図があったとしても…それだけは揺るぎませんし、否定させません。
 そして今の話を聞いても尚、私の気持ちは変わりません。私は…仁美さんが大好きです」
「ッ…!だ、だから…そういうところが…!」
「仁美さん…泣いてますね」
「!」

ほむらの言葉に仁美は慌てて目元をこすりだした。
…が、別に仁美は涙なんて流していなかっただろう。仁美が心に鍵をかけるのがとても上手いことは知っている。そして今、その鍵がほとんど外れかけていることも

「涙をこらえること、表情を保つのに必死なことが伝わって来てます。
 分かります…分かりますよ私、仁美さんの気持ち…。でも…でも!さやかさんの死に、あなただけがそこまで気負う必要ないじゃないですか…!
「わ、わたくしは…わがままで、自分勝手で、欲張りで…挙句さやかさんを追いつめた嫌な女なんですよ?!」
「欲を抱くことなんて…自然なことじゃないですか!私だって…誰だって!」
「うっ…ううぅ……さやかさん、は…わたくしが…」
「私だって悪いんですよ!仁美さんのことばかり気にかけて…今は、こうやって仁美さんの苦しみが分かるのに…さやかさんのことは何も気付けられなくて!
 だから…一人だけで背負うのはやめてくださいよ…っ!それこそ、ズルいことじゃないですかぁっ……!」
「ごめんなさい…ごめ、なさいぃ………」

あらかた流して枯れきったものだと思っていたのに、また涙腺が緩んでしまう。
そしてこれまで頑なにこらえていた仁美も、ついに苦しみを吐き出した。
二人の少女は互いにまともに喋れなくなり、代わりにあらん限りの涙を流す…ほむらと仁美は体を抱きしめ合うのだった。
その刹那、一際強い風が二人を包み込むように渦を巻いた。二人はしばらくの間、友人の死を悼み続けた…。


――

その、ちょうどすぐ次の日…

見滝原を非常に強い勢力の颱風が襲うというニュースが町中を駆け巡った。
自然発生したというにはあまりにも突発的なものでTVの中の専門家たちも首をかしげるものだった。
ハッキリしているのはこれが見滝原に壊滅的被害をもたらしかねないほど、凶悪なものであるという事だ。
見滝原の住人達はみな、急きょ指定された避難場所へ退避し、来たるべき嵐をやり過ごそうとしていた。
もちろんほむらと仁美も例外ではない。中学校の体育館において学校のクラスメイトも見知った顔が大勢いた。

「…なんだか…色んなことが起こり過ぎてますね」
「ええ……」

大勢の家族たちが居る中、ほむらはようやく志筑家のスペースを見つけ、仁美と一緒に話をしていた。

「ほむらさん、ご家族の方は…」
「別の避難所に居ます。今の家には私一人ぐらいですから…お父さんとお母さんもこっちに来たかったみたいですけど、何分急でしたから…」
「なら、わたくしのところに一緒に居ましょう。お母様とお父様にはわたくしから話しておきますわ」
「ありがとうございます!…それより…まどかさんのご家族は」
「…見えませんわね」

さやかの死が知らされたあの朝から、まどかは一切学校に顔を出していなかった。
葬式の日だって出席せず、仁美とまどかの確執はまだ残ったままだ。今日はまどかとしっかり話をするつもりだったのだが、この状況である。

「あまり動き回らない方がいいのでしょうけれど…」
「……いえ、見つけましたわ!少し遠いですが」
「本当ですか?」
「でも…まどかさんの姿は見えませんわね…とりあえずお邪魔して尋ねてみましょう」

多くの家族が床にシートを敷いて休んでいる中、ほむらは先を進む仁美を懸命に追いかけた。



「おばさま、こんにちわ」
「おお、仁美か。元気してたかい?」
「ひとみー♪」
「ご無沙汰しておりますわ。たくやちゃんも」

まどかの母と弟と思わしき二人が座っていた。
弟はともかく、母親の方はなかなか若い…というかたくましいような印象を受けた。かっこいい女性、という言葉がいかにも似合いそうな人である。

「……さやかのこと、残念だったね」
「……はい」
「まどかも落ち込んでるんだけど…なかなか心を開いてくれなくてね。何か隠してるには違いないんだけど」
「…そのことでお話がしたくて…まどかさんはどこに居らっしゃるのでしょうか?」
「トイレに行くって言ってたけど…ちょっと長すぎるな…ともかくここには居ない。そろそろ探しに行こうかと思ってたところなんだけど」
「わたくしが探してまいります。それで、よろしいでしょうか?」
「そっちの方がいいかもしれないね。…頼むよ。ところで後ろの眼鏡ちゃんは誰だい?」

突然視線がこちらに向けられ、ほむらは驚く。
少しどもり掛けながらも頭を深々と下げた。

「は、はは初めまして!暁美ほむらと言います!まどかさんとは、えっと」
「ああ、今月転校してきたっていう子かい。あんたの話も聞いてるよ」
「仲良くさせていただいておりますっ!」
「ははっ、緊張しなくてもいいよ。…まっ、二人に任せるよ、まどかのこと。さやかのことで相当参っているのは分かる。
 あんたらもそうなんだろうけど…あたしが言うよりもあんたらの方がまどかは答えてくれるかもしれないしな」
「おばさん…」
「遅かれ早かれ、人は死ぬ。さやかは…いくらなんでも早すぎたが……。一番の気がかりは、さやかは自分の一生に後悔してないか…って事だな」
「後悔?」
「まどかにもそうだが…仁美もほむらも、これだけは心してほしいって思ってる。自分の人生を振り返った時に後悔するような生き方はするなってさ
 まあ言うのは簡単だが、そんなとこだ。まどかが何かをやろうとしているのは分かる。それがどんなことであっても、あたしは応援してやりたいって思ってる」
「……はい」

自分の母親とは全く違うお母さん。
ほむらの母親も自分の為に必死で働いて入院費を稼いでくれた、ほむらにとっても最も尊敬している人である。
まどかの母親の言葉がまだほむらの心にはしっかり響いていないところはあるが、間違いないのはその愛は真であるという事だ。

「ほむらさん。そろそろ行きましょう」
「そう、ですね。…おばさん、失礼します」
「ありがとうございますわ、おばさま」
「ん、頼んだよ」

ほむらと仁美は一瞥し、まどかが向かったというトイレに向かった。
ほむらが最後に見たまどかの母親の表情は何か決意したようで、寂しそうでもあった。それが見えたのも一瞬だけだ。

「母は強し、ですわね」
「ええ…かっこいい人です」

ほんの短いやり取りだった。
まどかも大人になったって、子供が出来たりしたらあんな風になったりするんだろうか。そう考えるとちょっと可笑しく思えた。



結論から言うとまどかはトイレには居なかった。
トイレにしては時間がかかり過ぎるというので居ないであろうとは思っていたのだが。
ほむらと仁美は仕方なく二手に分かれて探すことにした。仁美は入れ違いになっていないか、元居たところに戻り、ほむらは別の場所を探す。

ほむらは主に人気のないところを重点的に探していった。意外に広いのでどこから探るか苦労はしたが…どうにかまどかを見つけることはできた。
体育館の所謂玄関口で、外に出るための階段の踊り場で、一人外を見ながら佇んでいるまどかの姿。

「まどかさん…」

一体どんな心情でそこにたたずんでいるのか…ゆっくりとまどかの後ろから近付く。…と、何やらまどかは一人で呟いているようだった。
ケータイを手にしているわけでもないのに誰かと話をしているような独り言だった。

「…それでも決めたことだから。………。マミさんもいる。あなたの好きにはさせない。…………。あなたの理解なんて…」
(誰?誰かいるの?)

辺りをキョロキョロと見回してみても、やっぱりここにはほむらとまどかの二人しかいない。

「ワルプルギスの夜は私達が倒す。さやかちゃんや杏子ちゃんの為にも」
「ま、まどかさん!」
「!!ほ、ほむらちゃん」
「誰と話をしていたんですか?」
「な、何のこと…?誰もいないよ?…それより久しぶりだねほむらちゃん」
「え、ええ…」

はぐらかしているようだがまどかは明らかに挙動が怪しい。
だがそれでも他に誰もいないことは確かで、それ以上言及しようがない。
まどかとは久しぶりの会話だというのに、なんだか味気ないものになったとほむらは思った。

「あ、あの…さやかさんのこと…」
「………うん。…」

まどかの表情が暗くなった。…が、どん底にまで落ち込むということはなく、割と平気そうな印象を受ける。

「…悲しいよ、さやかちゃんが居なくなっちゃって…今はもうだいぶ落ち着いたけど…」
「まどかさんずっと学校休んでいたから、すごく心配で…。…本当に大丈夫なんですか?」
「うん…ありがと。ほむらちゃんも大丈夫みたいだね」
「…大声で泣いてましたよ。今だって…吹っ切れているだなんて言えないです」
「……。私に何か用事、あったんでしょ?」

…やけにあっさりとしているようなまどかの言動にはやはり違和感を感じざるを得ない。
しかし、それも含めてやっぱり話をする必要があるだろう。

「…私とまどかさんと…あと仁美さんで話がしたいんです」
「話?」
「さやかさんが居なくなってから…私達3人が揃ったことなんてないじゃないですか。だから…」
「………」
「無理、なんですか?」
「ごめんね」

やはり、仁美に何か思うところがあるらしい。
まどかは申し訳なさそうに一言だけ呟いた。…が、ここで簡単に引き下がることなど出来るわけがない。

「理由は言ってくれないんですか?」
「…………」
「…さやかさんと仁美さんのことは…知っています。同じ男性を好きになったって…」
「その結果がどうなったかも?」
「はい」
「……そっか」
「さやかさんがあんなことになって、仁美さんも苦しんでいたんです…。私は、このままみんながバラバラになるだなんて思いたくなくて…
 お願いします、仁美さんとお話してください…!」
「…仁美ちゃんが別に悪いことしたわけじゃないって言うのは分かってるんだ。…でも事実、さやかちゃんは凄く傷ついた…私はそれを見てる。
 ……ごめんね。私、今は仁美ちゃんの事、素直に見られないんだ」
「そんな………」
「ごめん、もう行かなきゃ」
「え?」

まどかはそれだけ言うと階段を降りようとする…だが階段の下はもう下駄箱しかない。
となるともう行き場所は外しかない。

「ど、どこに行こうって言うんですか!嵐が来るんですよ!?」
「大事な用事があるの。お願い、邪魔しないで」

まどかの腕をしっかと掴み、ほむらは引きとめようとする。
まどかは断固として譲る気はないらしく、ほむらのことをキッと睨みつけた。

「よ、用事って…あ、危ないんですよ!何のためにみんなここに避難していると思ってんですか!?」
「…離してほむらちゃん」
「うっ……」

「その『用事』も…さやかさんとの秘密ですか?」

ほむらがまどかの気迫に負けかけていた時、助け舟が入った。
階段の上から仁美が声を投げかけたのだ。
ほむらは表情を明るくするが、対照的にまどかは仁美を見ようとしない。
仁美はそれにも構うことなく、二人が居る踊り場まで下りてきた。

「お久しぶりですわ、まどかさん」
「…………うん」
「わたくしと口も聞きたくないのであればそれでも構いません。ただお一つだけ、聞かせてください。
 …あなた、さやかさんの後を追いかけようだなんて思っていらっしゃいませんか?」
「……」

「なっ…!仁美さん!?」

さやかの後を追う、と言うのは人聞きがあまりにも良くない。
だがもしそうであれば、ある意味開き直っているまどかの態度も説明できてしまうのかもしれない。

「もしそうであるのなら…わたくしはあなたを引っ叩いてでも引き止めます」
「仁美ちゃん優しいね。…その優しさは誰のため?仁美ちゃんのため?」
「わたくしのため、でもありますわ。…分からないだなんて言わせませんわ。あなたが死に急いだら悲しむ人はたくさんいるでしょう?
 ほむらさんも、あなたのご家族も!」
「仁美ちゃんは?悲しんでくれるの?」
「当然ですわ」
「……ありがとう」

ようやくまどかは顔を上げ、一言お礼を言った。
ほむらはようやく安心できる…と、思いきや、まどかの表情は依然険しいままであり、予断を許さない状態はまだ続いていることを示していた。

「だったら尚更行かないといけない」
「…どうしても?」
「どうしても」
「何があなたをそうまで…」
「私にしか、出来ないことなの!」

ほむらにはその時のまどかの表情が一瞬、あの母親の面影と重なって見えた気がした。
あの母親が持つかっこよさはまどかもしっかりと受け継いでいたのだ。
珍しく強固な姿勢を見せていた仁美もすっかり黙ってしまう。仁美も気付いたのだ。『まどかを止めることはもう出来ない』と

「だったらせめて、私達も一緒に行きます!こんな中、一人で出歩くなんて幾らなんでも…」
「ありがとう。気持ちだけでもうれしいよ」

この時に見たまどかの笑顔はとても懐かしい気がして、そして哀しかった。なんてことのない日常の思い出が遠くに感じるほどに。
また、その笑顔につられてか、仁美の表情も、普段よく見せる柔和なものに戻った。ただ、すぐに寂しげな表情へと変わる。

「ここまで拗れてしまったのは、わたくしの軽率な行動のせいでしょう。それでまどかさんに嫌われるのも仕方がありません
 それでも、…この気持ちだけは信じてほしいですわ。…虫がいい話とは思いますが。
 …まどかさん。わたくしは、あなたやさやかさん…そしてほむらさんと出会えて、本当に良かったと思います。ありがとうございます」
「私は…必ず戻ってきてほしい…。だって、まだ出会って1か月も経ってない!せっかく友達になれたのに…こんなの悲しすぎるよ……」

「仁美ちゃん、ほむらちゃん。ありがとう…そしてごめんね」
「!」
「二人は強いね…私やさやかちゃんよりもずっと。あなた達なら、きっと『あいつ』の言葉に惑わされたりしないだろうね」
(あいつ…?)
「だから私は明かすよ…私とさやかちゃんの秘密事」
「!」

まどかはにっこりと笑いながらほむらと仁美の手をそっと取り、瞼を閉じた。
ほむらはまどかの行動の意図が見えなかった。ちらりと横目で仁美を見ると、仁美もまたまどかの行動の意味を理解しかねているようだった。
…と、その時だ。ピンク色の光がまどかの体を優しく包んでいき、姿が見えなくなるくらいまでになった。

「ま、まどかさん!?」

ほむらの手には確かにまどかの温かみがある。
一体何が起きているのか…まるで分らない。
眩いほどに輝いていた光は少しずつ収束していき、そしてそこには…まどかがいた。
…だが、さっきまで学校の制服を着ていたはずなのに、まどかの服装がさっきまでと違っている。
ピンクと白が基調になったふりふりが特徴の服…幼いころに見た、女児向けのアニメに出てくるような服装だ。
そしてまどかがゆっくりと目を開く。

「な、な……」
「…凄い手品ですわね」

「信じられないのも無理はないよね…。二人にずっと黙ってたのは、巻き込みたくなかったから」
「さやかさんも…一緒に?」
「うん」
「…ま、まどかさんは何をしていたんですか…?」
「う~ん……正義の味方、かな?」

正直なところ、ほむらはこの時は脳がマヒしていた。まどかを包んだ光、そして服装の変化。
目の前で色々なことが起こり過ぎて正常な思考をすっかり出来なくなっていたのだ。

「…今近づいてる颱風は、自然の物じゃない。私はあれを倒しに行かなきゃ行けない。でないと見滝原が…無くなっちゃう」
「…………この嵐がおかしいものと言うのは何となく分かりますが…」
「……まどかさん、どうしても行っちゃうの!?今外に出たりしたら、もうみんなに会えなくなっちゃうかもしれないんだよ!?
 クラスのみんなも、あなたの家族も…!」
「ここで何もしなかったらもっと酷いことになる。ほむらちゃんも仁美ちゃんも、私の家族も、みんなの家族も…みんななくなっちゃうかもしれない」
「……!」

これが、『まどかがやろうとしていること』自分の命を投げ出してまで、やりたいこと。まどかの目はしっかりとそれを訴えてきていた。
ここでまどかを無理矢理引き止めたら、まどかは間違いなく後悔する。
こんなとき、まどかの母親はどうするだろう?自分の娘が死地に行こうとしていても、なお背中を後押しできるのだろうか?

「まどかさん……」
「でも、大丈夫だよ。絶対にそんなことはさせない…この町は絶対に守って見せる」
「どうして…?」
「だって私…魔法少女だもん」
「魔法、少女……」

突如、まどかの体を再び光が包み込んでいく。今度は優しい光とは言い難く、激しく渦巻くような輝きに、二人の視界が遮られる。
そしてまどかは、二人の手を離した。

「まどかさん待って!」
「まどかさん!まどかさん!!」
「ほむらちゃん、仁美ちゃん。約束して…今話したこと。…クラスの皆には、内緒だよ」
「!」

ほむらの必死の呼びかけさえも無情に呑み込んでいく…。手を伸ばしたりもしたが、姿が見えず、まどかの体に触れることはもう出来なかった。
…ようやくになって光が消える。階段の踊り場には外の風の音だけが響き、鹿目まどかの姿も、もうなかった。

「ゆ、夢…?」
「いえ…行ってしまわれました。まどかさんは」

仁美は自分の手をじっくり眺めながらつぶやいた。ほむらもそれにつられ、自分の手を確かめる。
ほんのり温かい感触…まどかと触れ合った手のぬくもりが、僅かに残っているのだった…。

――――

―結局、まどかさんと話をすることが出来たのはこれが最後だった。
あれだけ強い勢力を誇っていた台風は、見滝原に上陸してからすぐに消滅した。
それでも見滝原がこうむった被害は凄まじく、消滅するのがもう少し遅かったら、人的被害は膨大なものになっていただろうと言われている。

あの出来事の後、私達は鹿目詢子さんを訪ね、まどかさんと会ったことを話した。
そしてそのときにあったこと。『魔法少女』のことだけは伏せ、それ以外のことはすべて話した。
まどかさんは自ら外に出て行ったこと。私達はそれを引きとめられなかったこと。
なんて言われるか分からなかったし、最悪憎まれるかもと思ったけれど、実際はそんなことはなかった。
詢子さんは話し終えた私たち二人の体を抱きしめてくれて…怒るどころか慰めてくれた。『辛かったろうね』と。本当につらいのは詢子さんだったろうに。
更に最後には『ありがとう』とさえ、私達に言ってくれた。その時、私は…また泣いてしまって、ずっと謝り続けていた。

…そして、私と仁美さんだけが知っている…。あの『颱風』に立ち向かっていった『魔法少女』まどかは、現在行方不明。生存は絶望的だと言われている…。




「いい天気ですわね」
「はい…まどかさんが守った世界です」

まだまだ街中は散らかっていて、折れた木々や看板がそこらじゅうに放っておかれている。
住んで一か月と経っていない街だが、ようやく見慣れた光景がここまで変化するのはやはりショックが大きい。
ただ、それでも空は清々しく真っ青で、あの颱風の日のような禍々しい雰囲気は微塵もなかった。

「…私、強くなったんでしょうか」
「ほむらさん?」
「まどかさんは私の事を『強い』と言いました。仁美さんはともかく、私は……」
「ほむらさんは確かに変わったと思いますわ。あなた自身、自覚があったでしょう?」
「それは、まあ…。でもそれは仁美さんたちのおかげであって…そうじゃなかったら今の私はありません」
「『変わる』と言うのはそういう事だとわたくしは思いますわ。他人や環境に影響され、変化する…。ただ、これだけは『強くなった』とは言えないでしょう。
 ですがあなたは、かつての自分を省みることができる。受け入れることができる。そして、変わったのは『自分だけの力ではない』と考えることができる。その心…。
 あなたは…強くなりましたわ。暁美ほむらさん」
「あ、ありがとうございます…」

『強くなった』…。そう言われるとやっぱり嬉しい。自身が付く。
なるほどこういうことかと、ほむらはその場で理解した。ここに来たばかりのころは、そんな事を思う余裕さえなかった。
周りのモノが全て敵に見え、自ら避けようとした。自分にとっては『どうしようもない世界』がただの一か月半で『掛け替えのない大切な世界』に変わったのだ。

「まどかさんとさやかさんが居なくなって…すごく悲しいです。もっとたくさんお話したいことはあったし、教わりたいこともたくさんあったから。
 でも…私は、まどかとさやかさん、仁美さん…みんなに出逢えたことを何よりも嬉しく思います」
「わたくしも…同じですわ」
「うふふ…」


……もし、『何か一つ願い事が叶う』としたら、私は何を願うだろう?
パッと思いつくことは、やろうと思えば自分でもできそうなことばかり。
…あえて言うなら、『まどかさんやさやかさんと会いたい』だろうか?
考えてみたらそれは楽しい夢だけど、ただ、もし実際にその願いが叶っても、まどかさんやさやかさんは喜んでくれるかどうか。それは分からない。
どんなに辛くても悲しくても。それは受け止めなくちゃいけない……。
やり直しがきかない人生だから、みんな一生懸命に生きられるんだ。だから詢子さんもああ言ってくれた。『後悔する生き方はするな』って。

私はこの世界が大好きだ。
以前までは大嫌いだったし、今だって悲しいことの繰り返し…。だけどそれ以上の宝物も見つけることが出来た。
みんなが居て、みんなと出逢えた世界だから、私もここで生き抜いていく。

みんなに恥ずかしくない私でいるために………


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プロフィール

こなゆきガンタンク

Author:こなゆきガンタンク
らき☆すた大好き。高良みゆきは俺の嫁だが、こなた×みゆきの百合も好き。広橋涼のこなたをはじめ、らき☆すた初代声優を応援している。らき☆すた以外ではガンダム。種厨のシン厨、でもTVシリーズは大体網羅してるよ! ニコニコで動画を作ったりSSを書いたりもする。
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