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「そこは私の居場所だ」

ほむらのSS。考察寄りの内容



「うっ…がっ……ああああ!」

時は真夜中。月もなく、闇に支配された自分の部屋にて暁美ほむらはベッドから飛び起きた。
ほむらは自分の胸を押さえ、肩で大きく息をする、全身は汗に濡れていて、額にも髪の毛がべっとりとくっついている。
大きく深呼吸をしてなんとか息を整える。額をぬぐっても、腕の汗がいくらか残り、気持ち悪い。

「くっ…!」

まったく気に入らない。こんな無様な姿は誰の前にも見せられない。まるで何もかもに怯えていた、弱かったころの自分のようだ。
ほむらはベッドから降りてパジャマの第一ボタンを外し、息苦しさから逃れた。
身体能力を強化していない状態でもしっかりと両足で立てる。体調を崩したわけではないらしい。

「…夢?」

夢にうなされていただなんてそれこそ考えたくないことだ。
また仮に夢を見ていたとしても、その内容は全く覚えていない。一体自分は何故これほどに疲れてしまっているのだろう。

ほむらは寝汗を流すべく風呂場に入って軽くシャワーを浴びることにした。
全身に温めの湯を浴びながらもほむらはこれまでの事について振り返る。
真夜中に苦しさに襲われて目を覚ますというのは実は今回に限ったことではないのだ。
まどかを死なせない。そう強く決意したあの日から定期的にこのようなことが起きるようになった。
それでもこんなに息苦しい思いをしたのは初めてだ。

「………。こんなの、苦しくとも何ともないわ」

蛇口をひねってシャワーを止め、ぽたぽたと滴る音がする。
自分に言い聞かせるようにして小さくつぶやいても、風呂場では音が反響してよく響いた。


――――

暁美ほむらの終着点、約束の日。
幾多の魔女の集合体とされる最悪の魔女『ワルプルギスの夜』が見滝原を襲う日である。

『この周回』でもさまざまな事が起こり、多くの魔法少女が戦い、散っていった。
今回、生きてこの日を迎えられた魔法少女は自分含めて二人。まどかはキュゥべえと契約していない状態だ。
今、ほむらの隣に居る魔法少女は美樹さやか。魔法少女と契約した彼女がワルプルギスの夜と対峙するというのは珍しいことだ。
おかしな色の空の中、人が逆立ちをしたような風貌で浮かんでおり、不気味に高笑いを上げながら見滝原の町を見下ろしている。

「ワルプルギスの夜か…あいつがねえ」
「声が震えてるわよ。怖気づいているの?」
「いちいち棘に障るんだよアンタの言い分って」

…見ての通り、美樹さやかとの関係は決して良いとは言えない。むしろ悪い。
実際のところ、ほむらはさやかが嫌いだった。どんなに世界を繰り返してもまどかの隣に居て、常に自分の邪魔をする。
一番最初に会った時は特に眼中にもなかったが、繰り返すうちにだんだんと目障りに感じてきていたのである。
しかし今ここに残った魔法少女が彼女しかいないのならば、組まざるを得ない。悔しいがワルプルギスの夜相手には一人では無理だ。利用できるものは利用するしかない。

「分かってるんでしょうね美樹さやか。あれを倒さなければ…」
「見滝原が滅ぶ。まどかも仁美も恭介も…みんな死ぬ。何度も聞いたことだ、分かってる」
「戦えるのね?」
「……お前と組むのはこれっきりだぞ。まどかや…みんなの為にやるんだからな」
「望むところよ」

『まどかや、みんな』…そういう考えだから甘い。
ほむらが助けたいのはあくまでまどかだけだ。彼女さえ生きてくれれば、それで暁美ほむらの目的は達成されるのだ。
その為には何を犠牲にしようが構わない。鹿目まどかが第一だ。他を切り捨てることが出来ない美樹さやかに、彼女を救えやしない。

「…私たちの後ろの避難指定場所…そこにまどかが居る。ここより先に行かせたら負けよ」
「ああ…。マミさんや杏子が守ろうとした町だ。やってやる……!!」
「行くわよ」

ほむらは時間停止能力を発動させ、自衛隊やアメリカ軍から盗み出した軍用兵器を二人の周りに一斉に展開させる。
それらを次々に点火させていき、時間停止をカット。無数の方向から砲弾が次々に飛び出していき、ワルプルギスの夜を爆炎が包み込んでいく。
さやかは突っ立ったままその光景をただ茫然と眺めていた

「派手なことをやる…でもこれじゃ…!」
「何をしているの!あなたも攻撃に参加なさい!」
「簡単に言うよ…!」

そうまで言ってようやくさやかは剣を構え、ワルプルギスの夜へ向かい、空高く跳躍していった。さやかは魔方陣で足場を作りながら魔女の周囲を飛び回り始めた。
しかし中々近づけないようで、遠方から剣を投擲したり刀身を発射して爆発を起こしたりするなど、小手先の攻撃を繰り返すのみだ。
このサイズの相手にそんなものは意味を為さないだろうに。と、ほむらはイライラを募らせる。

「役立たず…!」

ほむらは吐き捨てるように呟き、ランチャーを構え、次々に叩きこんでいく。
ほむらが持ちうる最大の火力だ。効いているかどうかは分からないが、押し切るしかない。

「!」

ワルプルギスの夜が衝撃波を放ち、建物を崩壊させていく。当然それは二人の魔法少女にも襲い掛かってくる。
さやかは自分の眼前に防御用の魔法陣を展開させて衝撃波をしのいでいた。ほむらもまた魔法の盾を構え、攻撃に備える。
…その時だ。彼女の後ろで、ここに居るはずがない者の声がした。

「ほ、ほむらちゃん…?」
「!?なっ…」

鹿目まどかが、何故こんなところに?
ほむらは考えるよりも早くまどかの前に立ち、盾を構える。寸でのところで何とか間に合い、衝撃波を受け止める。
体が吹き飛ばされそうになるも何とか踏ん張れた。後ろのまどかも腰を抜かしてへたり込んでいたが、無事らしい。
ほむらは歯を食いしばり、まどかを睨みつける。

「何をやってるの…!何故来たの!?あなたは!」
「ほむらちゃん…」
「戦う力を持たない貴女が来ても邪魔なだけよ!早く立ち去りなさい!」
「ご、ごめん…でもさやかちゃんとほむらちゃんが心配だったから…」

まったくこの子もだ。人がせっかく守ってあげようというのに。無力で泣き虫でどうしようもなく弱いくせに。人のために何故こうも自分を捨てられるのだろう。
そんなだから私の旅がいつまでたっても終わらない。ほむらは更に強い剣幕でまどかを追い返そうとする。




「砲撃が止んだ…?」

上空にて間近でワルプルギスの夜と戦っていたさやかは、戦場の変化に気付いた。
それまで味方がいるにもかかわらず、バズーカだのランチャーだのを遠慮なしに騒がしくぶっ放していたというのに、それがピタリと止まったのだ。
まさかもう弾切れにでもなったのか。ほんの一瞬だけ、ほむらが居た方をちらりと見やる。そこには見慣れた人物がほむらと口論をしているのが見えた。

「まどかじゃないか…!なんで来ちゃったんだよっ…!」

一瞬だけのつもりが、まどかの登場によって大きな隙をさやかに作り出してしまう。
ワルプルギスの夜が作り出したと思われる光の球がさやかの周囲を取り囲む。
光の球はまるでアメーバのようにぐにゃぐにゃと形を変え、数体の人型となった。これがワルプルギスの夜の使い魔だろうか。
人型たちはケタケタと笑いながらさやかに襲い掛かる。

「こんのぉ!」

使い魔の一体に対してさやかは剣を振り下ろす。…が、思ったよりも簡単に弾き返されてしまった。
最強の魔女と言うだけあり使い魔も一筋縄ではいかないようだ。苦心するさやかの元に、さらにもう一体使い魔が現れた。

「ッ!……!」

長い髪を後頭部で縛ったような頭。その手に持つ得物は身の丈以上の大きな槍。顔なるものはないが、こいつの笑い声は聞き覚えがある。
―知っている。あたしはコイツを…知っている…!

「佐倉…杏子!」

彼女はさやかよりもベテランの凄腕魔法少女だった。最初こそ対立していたものの、最終的には分かり合えることができ、共に戦った仲である。
しかしその後、とある魔女との戦いの中で命を落としてしまった、さやかの友達。目の前にいる使い魔はまさに佐倉杏子そのものだ。

(ヴァルプルギスの、夜…。魔女や死者が集まる日……。絶望した魔法少女を取り込んだのが魔女ワルプルギスの夜…!?)

「…杏子ォ!」
『アハハハハハッ!』

さやかが杏子に対して袈裟斬りを繰り出すもその大きな槍の前に弾かれてしまう。
しかし怯むことなくもう片方の手に剣を持ち、杏子に向けて真っ直ぐに突いた。…が、これもダメ。
器用にも槍の柄の部分でさやかの攻撃を防いでいる。

『アハハハ!アハハハハハハハハハ!』
「クッソ…」

強さは杏子のものそのままか。しかし反撃する暇も与えず攻め続ければ…とも考えたが、相手は一体ではない。
さやかの両腕両足は他の使い魔が放ったと思わしきエネルギーのリングに拘束されてしまった。
正面には攻撃態勢の杏子がおり、まさに絶体絶命。

「やばっ…!痛覚…!」

痛覚遮断。痛みを感じなくし、その隙に魔法で傷を回復。これによって結果ダメージを軽減するというさやかの特技である。
動きを封じられてもこの技は使える。…次の瞬間、杏子の足がさやかの鳩尾に深々と突き刺さった。

(ッ…間に合った…!)

痛みを無効化することはできたが、この技は反応が鈍ってしまう欠点がある。
さやかは腹部を蹴飛ばされた衝撃に受け身を取ることも出来ずに、上空から遥か地上へと真っ逆さまに落ちていった。



「…美樹さやか!?」
「え…?」

目を離した隙にやられてしまったか。あの戦いぶりでは時間の問題だとも思っていたが。
しかし恐らく死んではないだろう。防御力だけは一人前なのだからそこは期待していいはずだ。
ともかく今はまどかをこの場から遠ざけることが先決だ。

「…まどか、とにかく戻りなさい。あなたは足手まといになるだけよ」
「で、でも…さっき落ちたのってさやかちゃんなんでしょ!?」
「彼女なら大丈夫よ。少なくともあなたよりは強いわ」
「ッ……ゴメン、ほむらちゃん!」
「なっ!?まどか!」

さやかが落下した方向へ向かってまどかは走っていく。
まどかはこの状況が見えていないのだろうか。魔女と言う存在がそこに居るというのに何故逃げないのか。
彼女はどこまでも愚か者である。ここでまどかが死んでしまっては何の意味もないというのに気付いていない。
それでもほむらはまどかを追わなくてはならない…それが暁美ほむらのやらなければならないことだ。
しかしそんなほむらの目の前に光で形成された人型の使い魔が3体ほど現れ、ほむらの行く道を遮ろうとする。

「このっ、邪魔をしないで!」

異空間に収めていた銃を取り出し、使い魔に応戦する。
弾丸は確かに当たっているようだが、あまり有効打となっているようには見えない。
逆に使い魔たちから一斉に光弾の応酬を繰り出されることになった。

「くっ…!」

盾で攻撃を防ぐのがやっとであり、時間停止を発動させる隙も与えてくれない。
それならばとほむらは一瞬の隙を突き、自作の爆弾を一体に向けて投げつける。
魔女さえも一撃で滅ぼすことができる自慢の爆弾だ。どんなに強かろうと使い魔程度なら倒せる…はずだった。
爆炎で視界が見えないところに続けて使い魔の攻撃がほむら目がけ炸裂する。

「こいつ…強い…?」

自分は十分に強くなった。これくらいすぐに片付けなくてはならないというのに。
使い魔たちを睨みつけ、何とか活路を見出そうとする。こいつらを倒さないとまどかを追えないのだ、四の五の言っていられない。
ほむらはハンドガンを捨てマシンガンを取り出すと、盾越しに使い魔へ向けて弾をばら撒いた。



ほむらの忠告を無視してでも、まどかはさやかの元へと懸命に向かわなければならない衝動に駆られていた。
さやかが昔からの親友だから、というのももちろんある。加えてさやかが今こうして魔法少女をやっているのは他ならぬまどかの為なのだ。
戦うことに怯え、さやかの好意に甘えてばかりの自分。そんな自分なんかの為にさやかが傷つくなんて耐えられない。

「やだ…やだよさやかちゃん…!お願い、無事でいて…」

さやかが落ちたと思われる辺りまでやってきたが、そこら中が瓦礫だらけになっている。
この瓦礫の山々がかつて自分が住んでいたところだなんてとても信じられない。それにこれではさやかがどこに居るかもわからない。
辺りをキョロキョロしながらまどかは大声でさやかの名を叫ぶ。嵐のような強風で声がかき消されてしまうが、それでもまどかは懸命に叫び続けた。
と、返事の代わりにすぐ近くの瓦礫の山がガラガラと音を立てて崩れ始めた。

「だっ…しゃああああ!」
「さ、さやかちゃん!?」
「よし…まどか、生きてるよあたしは!」

瓦礫の山の頂上に突如現れた美樹さやかはその山を滑り落ち、まどかの元へと降り立った。
声も調子もまさにいつも通りのさやかであり、そこは安心できる。一方で全身は擦り傷だらけで、優雅な騎士風の衣装もズタズタになってしまっている。

「さやかちゃん、平気なの?ひどい怪我だよ…」
「ああ、あたしの体はそんなに軟じゃないって」
「あんまり無茶なことしちゃダメだよ…さやかちゃんの体がもたないよ…」
「全く…それはこっちの台詞だよ」
「だ、だって…」

目の前に居るさやかの怪我は一般人のまどかから見て尋常ではないものだ。
これまでの魔女との戦いでもそうだったし、マミや杏子の最期だってまどかは目の前で見ている。
さやかまでそうなってしまったらと思うだけでまどかは涙で視界がぼやけてしまう。

「まどか、しっかり!」
「うっ、さやかちゃん…」
「大丈夫、ワルプルギスの夜はあたし達が倒すから!まどかはみんなのところに戻るんだ。みんなが心配してる」
「私、何もできないで…さやかちゃんやほむらちゃんにだけ危険な目に合わせるなんて、そんなこと…」
「…何もできないことなんてあるもんか。まどかが居るからあたしたちは戦えるんだよ。
 そんなに自分を過小評価しちゃだめだよ、そんなのじゃあたし達の方が辛い。大丈夫、生きて帰るから。ここはあたし達に任せて」
「本当に…?」
「もちろん!…これが終わったらさ、仁美と…あとほむらの奴も一緒にさ、みんなでおいしいもんいっぱい食べようよ。
 だからさ、それを達成するまでみんな死なない。…いいね?」
「うん…うん…!」
「じゃあ走って。みんなのところに戻るんだ」
「分かった。…気を付けてね」
「おう!」

まどかは涙をぬぐい、今一度さやかの顔を見つめる。
淀みのない普段通りの笑顔がそこにあった。まどかが好きないつものさやかの表情だ。
まどかはなんとか嗚咽をこらえようとし、同じようにいつも通りの笑顔でさやかを見つめる。するとさやかは少し強めの力で頭を撫でてくれた。
まどかは2,3歩後ろに下がり、そして踵を返して避難所へ向かって駆け出して行った。


その背中を見送り、さやかは再びワルプルギスの夜へと向き直る。
ここにまどかがやってきたと知った時はひやひやしてものだが、大丈夫。なんだかんだでさやかも気持ちを切り替えることができた。
敵が敵なのだ。どんなに気に入らなかろうとほむらとはしっかり連携した方がいい。

「あいつ、どこに居るんだ?…やられたってことはないだろうが」

ワルプルギスの夜へ飛び掛かりこちらの位置を知らせるか、直接暁美ほむらと合流するのが先か。
さやかが結論を出すよりも早く、ワルプルギスの夜が先手を打ってきた。一体の使い魔がさやかに向けて放ってきたのだ。杏子のものとはどうやら違うらしい。
こいつもまた絶望の淵に果てた魔法少女なのだろうか。ともあれ、同情してる暇などない。

「来るか!」

剣を4本ほど周囲に展開させ、その使い魔に向けて放った。
放った剣に続き、さやか自身も両手に剣を握り、使い魔にとびかかった。が、その使い魔の何と華麗なこと。
使い魔は宙返りをするように体を捻り、跳躍した。
そのまま剣を避ければいいものを、使い魔は光で生成されたライフル銃をさやかと同じように自身の周囲に4本展開させ、こちらの放った剣を全て叩き落としたのだ。

「でえええええやあああああああ!」

さやかの大ぶりな剣もまた、優雅なその動きでかわされてしまう。
使い魔は両手にライフル銃…おそらくマスケットを持ち、さやかに向けて撃つ。弾丸はさやかには当たらず、さやかの持つ剣のみを弾き落とした。

―分かる…分かるよちくしょう……お前も!!

一見華麗ではあるが無駄で必要のない動き。それなのにとてつもなく強く、つけいる隙がない。
佐倉杏子がここに現れたように、『彼女』もこの場に現れたのだ。

『ウフフフフフフフ…ハハハハハハハ!?』
「マミさん!」

杏子と同じように彼女もベテランの魔法少女。さやかの尊敬する師匠でもある。
やはり彼女も魔女との戦いで命を落としたのだ。
さやかは歯を食いしばって目の前のマミに斬りかかった。ワルプルギスの夜が最凶の魔女と言われる所以が分かった気がする。
杏子の時を考えるに強さは元の本人と同等。だとすれば、これは非常に部の悪い戦いになる。

「ッ…んのぉぉぉぉぉ!!!」
『フフフフフフ!』

さやかの剣は悉く空を切り、マミは踊るように避け続けるのだ。完全に弄ばれているという歯がゆさを感じずにはいられない。
と、マミは一層高く跳躍し、さやかの頭上を飛び越えた。後ろから攻撃してくるものかと思いきや、マミはさやかに目もくれずどんどんと遠ざかっていく。

「に、逃げる!?」

マミが向かう先…それを考慮した時、さやかは自分の背筋がぞくっと凍りつくのを感じた。実際、顔からは血の気が引いている。

「ま…まさか……」

マミを追い、自分もまた大きく跳躍する。
やはり、マミ本人と同じ能力なのだろう、全く追いつける気がしない。マミの背中に向けて剣を銃のように構えて刀身を発射する。
これまた鳥のような華麗な動きで悠々と避けていく。そしてついに、さやかの視界に最悪なものが映った。
懸命に避難所へ逃げようとするまどかの後ろ姿。偶然だと思いたい…だがマミは明らかにまどかを目指して飛んでいる。

「マミさん!やめてよ…まどかなんだよ、あれ…まどかなんだって!」
『ウフフフフ…』
「マミさん…!」

突如、マミの背中が消えた。いや、見失った。
あわてて空中で止まり、まどかを視線から外さないように辺りを見回す。だがこれが仇になる。
さやかの背中に激痛が走る。マミがさやかを足蹴に踏みつけたのだ。

「がっ…!」

完全なる不意打ち。痛覚遮断も出来ず、さやかは身動きがとれなくなった。
…そして、マミがまっすぐとまどかの方へ降りていく。

「まどか…逃げ…」

声にならない声は、豪雨の音にむなしくかき消されてしまう―



一体どれくらい走っただろう。来る時も帰る時もひたすら走って足が痛い。息も切れている。
風が強いうえに足場も悪く、まどかは何度も転げそうになってしまう。

(でも、私が悪いんだから…早く戻ってこれ以上さやかちゃんやほむらちゃんの邪魔にならないようにしなきゃ…!)

こんな時にマミや杏子が居てくれたらさやかもほむらも傷つかなくて済んだのだろうか。或いは自分自身が…
そうまで考えて首を横に振り、頭を切り替える。
そんなことを考えてはいけない。それは二人に対する侮辱ともなる。今はとにかく逃げないといけない。
その時だ。まどかの目の前に何者かが舞い降りたのだ。

「ひっ!?…だ、誰!?」
『…………』

目の前の人物は何も言わない。
不気味に思いまじまじと見つめる内、その人物にどこか見覚えがある気がした。…いや確実にある。
しかし…ありえない。何故ならその人はまどかが見ている、その目の前で殺されてしまったのだから。
今でも思い出すと胸が締め付けられそうになるあの時のこと。
だから今、まどかは彼女の名前をなかなか呼べないでいる。ありえないと思いつつ、そうであってほしいという思いに板挟みにあっているのだ。

「あなたは…誰…?」
『……カナメサン』
「…!」
『カナメサン…カナメサン……』

その一言は彼女の正体をまどかに教えるには十分だった。
ただ名前を呼ばれただけだけど、その柔和で優しい声は間違いなく彼女のものだ。
まどかは恐る恐る、その名を呼ぶ。

「マ、マミ…さん…?」
『カナメサン…』
「本当に…マミさんなの……?」
『ミツケタ…カナメサン』

言いたかったことがまどかの胸にたくさん溢れてき、なかなか声が出ない。
まどかはゆっくりと一歩ずつ、マミの元へと歩み寄る。

「まどかぁぁ!!」
「!」

先ほど別れたばかりのさやかの声がした。声の方を振り返って見ると、空耳ではなかった。
遠すぎて表情は読み取れないが、しかし別れ際の勇ましいような感じの声ではない。何事かが起こったのだろうか。
さやかは尚も大声でまどかに訴えかける。

「そいつから離れろぉぉぉ!!!」
「え?」
『…ハハハッ!』

――

さやかの耳から音が消えた。
魔女や使い魔の攻撃も、ビルをもなぎ倒す竜巻のような強風も、そして自分自身の声さえも。
確認できたのは、胸元から鮮血を吹き出し、膝をついてがっくりと倒れこむまどかの姿。

声を出しすぎて喉が痛い。今自分は声を出しているだろうか?それさえも分からない。
さやかはただまどかの元へ駆け寄る。足が追い付かなくて前のめりになり、扱けそうになりながらも。
そうして間近で見たまどかは、深めの水たまりに顔全体を突っ伏し、動かない。

「ッ!!」

溜まらずさやかはまどかを抱きかかえる。
まどかの名を呼び体を揺するも反応がない。さやかはまどかの胸元に手をかざして全力で魔力を込めた。
傷を治す、癒しの魔法。自分の致死の傷だって治しきったほどの回復力を、まどかにすべて注ぐ。
それでグリーフシードが真っ黒になろうがまどかが治るのなら構わないとさえ思った。
…だが、何も変わらない。まどかはやはり目を閉じたままで、まどかの体にどれだけ魔力を注いでも、どこからか抜けていくだけで、出血さえ止まらないのだ。
悔しさに胸がきしむ。さやかは悔しさに思い切り地面を殴りつけた。

「チッ…くしょおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
 あたしは回復力だけはあるんじゃねえのかよ…!!!あたしの腕が吹っ飛んだって、足がつぶれたって、ちゃんと治ったじゃないか!!
 なんで、まどかの傷は塞がらないんだよ…なんで…血が止まらないんだよ………約、束…したの、に……」

さやかはしばらくの間まどかの体を強く抱きしめていた。
冷めていくまどかの体温を逃がさないように強く、より強く。それでもまどかは瞼を開くことはなかった。
鹿目まどかは死んだ。認めたくない事実を突き付けられ、さやかはようやくまどかの体を開放する。

「ごめんまどか。苦しかったね」

さやかはまどかの亡骸をあおむけに寝かせ、両手を胸のところで組ませた。
そして頬に軽く手を触れた後、新たな決意を瞳に灯した。
それはまどかを勇気づけた時の勇ましい目つきとは程遠い、憎悪のこもった表情。自分の体を顧みない無茶な戦い方をしていた時のそれと同じものだった。

「おばさんたちの所に連れて帰ってあげたいんだけど…ごめんまどか。それよりあたし……あいつを、殺したい」

耳障りな笑い声をあげるワルプルギスの夜。その巨体を再びさやかは正面から見据える。
マミや杏子が目標としていたという最強の魔女。それに恥じない圧倒的な力と、人の心を乱さんとする奇妙な術に、さやかはまんまと嵌ってしまった。
―そう言えば暁美ほむらの姿が見えない。まさかやられてしまったのだろうか?或いは逃げたか。
どちらにせよここに居ない人間をアテには出来ない。
それに仮にそうだとしても、これだけの敵を相手取るのだから仕方がないのかもしれない。ほむらを責めるつもりなど毛頭なかった。

「じゃあそろそろ…行こうか」

あの喧しい笑い声、さっさと黙らせてやる。
さやかはマントを靡かせ、魔法の剣の柄を握った。おそらくこれが最後になる。そんな確信がさやかにあった。

「うおおおあああああああああ!!!」

脚に魔力を込め、跳躍した。
心なしか体が軽い気がする。敵の攻撃は激しいが常時痛覚遮断していればスピードを落とさずにワルプルギスの夜に突っ込んでいける筈だ。

「ふんっ…!」

まっすぐに突っ込むさやかに一発の光弾が直撃する。
衝撃自体は無効化できないものの、痛みはない。肉体の限界を引き出してさやかは突っ込み続ける。
使い魔たちは今度は接近戦を挑んでくるも、さやかのやることは変わらない。さやかそのものがもはや弾丸となり替わり、阻もうとするものには目もくれない。
そしていよいよさやかがその剣を振り下ろした時、その巨体から大きな腕が斬り落とされ、煙のように消滅した。

『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!アアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

あの鬱陶しい笑い声が何とも愉快な悲鳴に変わり、さやかの口元が邪悪に緩む。
イケる―。下した剣をそのまま上に払うと、巨体に大きな傷がまっすぐ走った。
さやかは攻撃の手を緩めない。ワルプルギスの夜の周囲を囲むように飛び回り、その全身を切り刻んでいく。
一刀ずつ斬りつけるごとにワルプルギスの夜は悲鳴を上げていく。

「もう片腕、いただく!!」

二本の腕を切断し、さやかはほとんど勝利を確信していた。
痛みも何もないのだ。どんな傷だって、『自分の傷なら』治すことができる。喰らった瞬間にそこで。
しかし、これこそがこの能力の弱点だ。さやかが止めを刺そうと剣を巨大化させ、突き立てようとしたその時…さやかの手足が動かなくなった。
さやかの両手足に何かが絡みついている。…見覚えのあるエネルギー体、それはマミの操るリボンと、杏子の多節棍モード時の槍。

「このっ…!」

一度掴まってしまうと抜けられない。動きを止めたさやかに対し、他の使い魔たちも一斉に取り付いていく。
使い魔たちが元の姿…魔法少女の時に使っていたものだろう。剣、槍、斧、爪…ありとあらゆる武器がさやかの体を貫いた。
痛覚遮断の効果はまだ働いているはず…だがその刹那…ほんの一瞬だけ、激痛を伴ったしびれが電撃のように全身を駆け巡った。

「がっ…!」

ただの一瞬だけで、またさやかの体からは痛みが引いていくのだが…どこか違う。体に力が入らなくなっていくのだ。
意識さえも奪われそうになる中、さやかはようやくことを理解した。

(ソウルジェムが……砕けるッ…!)

魔法少女の『核』ソウルジェム。少女は魔法少女になると人間の器を捨てさせられ、より丈夫な体が与えられる。それがソウルジェム。
元の体は意識を移すだけの入れ物になり、それだけでは動くことはない。
さやかがどんなに致命傷を負っても一瞬で回復させられるのはここにも要因があるのだ。
そして使い魔の攻撃により、ソウルジェムに大きなひびが入った。魔法を使うどころか、生命そのものの危機である。

(くっそぉ……負けて、負けて、たまるかぁぁ………!)

寸でのところで踏ん張り、自由が利かないながらワルプルギスの魔女を睨みつける。
この時、さやかを突き動かしているのは純粋な憎しみそのものであった。

(こんな奴の為に多くの人が死んだんだ…何が魔女だ、魔法少女だ。
 マミさんも杏子も死んじゃって、まどかも…それなのにこいつは、みんなが守ろうとした世界まで壊そうというのか。
 みんなの姿をした使い魔をも使って…!こいつだけは、許せないんだよ……殺す!)

止めにと作り出したこの大剣をどうにかしてあいつに突き刺してやらなくてはならない。
致命傷を受け、意識がじわじわ遠のいて行っているこの状況、使い魔を撥ね退けるのは不可能だ。
…しかしさやかの剣には仕掛けがある。この剣は銃のような引鉄がついていて、それを引くことで刀身を発射できるのだ。
今、状況を打破するのならこれしかない。必死になって身をよじらせ、なんとかして指を掛けることに成功し、そしてしっかりと引いた。

「行けよおおぉぉ…!!」

バシュンという音と共にその巨大な刀身が柄から解き放たれる。
拘束されて狙いを付けられる状況にはなかったので、あさっての方向へと飛んでいくそれに、さやかは最後の魔力を使う。
発射された刀身は青い闘気を纏い、軌道を変える。

「飛んで…けぇぇぇ!」

剣はそれ自体が意識を持ったように動く。実際にはさやかの意図通りに動かしているのだ。剣はまるで吸い込まれていくようにワルプルギスの夜に突っ込んでいく。
途中、邪魔をする使い魔を蹴散らしていき、そのスピードは減速することなくむしろ加速していく。
さやかの剣がついにワルプルギスの夜の腹部へ深々と突き刺さり、そのまま体内に入り込む。

「やっ、た……!」

その一言を最後に、美樹さやかの意識はここで途絶えた。
ソウルジェムは完全に砕け散り、美樹さやかは親友たちと同じように、十数年というあまりにも短い生涯を閉じた。
幸福なのは、さやかのその表情が満足げであること。仲間たちの仇は取れた…ソウルジェムが砕ければ、自分が魔女になることもない。
そしてなにより、彼女が最後に見ることが出来たのは、全身から蒼い光を溢れさせながら体の内側から崩壊していくワルプルギスの夜だった。
ワルプルギスの夜と、そしてそれが生み出した使い魔が完全に消滅した時、既にさやかに意識はなく、支えるものが居なくなった彼女の体はそのまま地面へと落下していくのだった。

――

魂が消滅し、ただの抜け殻となってしまったさやかの体の行く末を遠くより見つめる影。
使い魔の群に苦戦して満身創痍、ボロボロとなった暁美ほむらは肩で大きく息をしていた。

「美樹さやかが倒したというの?あのワルプルギスの夜を…」

魔法少女となったさやかがこの時間軸まで生き延びるだけでも珍しいというのに、たったの一人でワルプルギスの夜と相討ちまで持ち込むというのは驚きだ。

『それに関しては僕も驚愕してるよ』
「…インキュベーター」

ほむらの隣に突如現れたのは少女たちをその話術で騙し、魔法少女になるように契約させる、全ての元凶。
一見、愛くるしい白い獣の姿をしたそれは、したり顔でほむらに語りかけてくる。

『僕の予定では、さやかはもっと早くに崩壊して、そこからまどかに魔法少女になってもらうつもりだったんだけどなあ
 さやかがここまで生き残った上にまどかの方が早く死に、あまつさえさやかの魔女化も達成させられなかった。とんだ失態だよこれは』
「そんなことに興味はないわ。まどかは死んだ…それだけよ」
『だからさやかを助けなかったのかい?』
「……まどかが死んだ後での覚醒なんて遅すぎるのよ。美樹さやかはこの上なく愚かだわ。…どちらにしても私の助けは間に合わなかった」
『そうか』

さやかによってワルプルギスの夜は討たれ、見滝原を襲っていた嵐はすっかり静まりかえっていた。
陽の光を遮っていた黒く分厚い雲もちぎれて分裂しており、ほむらの表情にも眩しく陽がかかった。
何度目の嵐明けだろうか。他の人間なら心地よく思うかもしれないが、今のほむらにとっては鬱陶しいことこの上ない。
この光をまどかと共に迎えることが出来れば…そんな日を夢見ながら、ほむらはゆっくりと魔法の盾を構える。
この魔法の盾を空高く掲げることによってほむらの時間は巻き戻り、新たに戦いが始まるのだ。

『行くのかい?』
「もうこの世界に用はないわ」
『そうかい。気を付けるんだね、暁美ほむら。健闘を祈るよ』
「黙りなさい。あなたにそう言われる筋合いはない」
『まあそう言わずに。…君は今のままだといつか報いを受けるよ。その時、君は耐えられるかな?』
「なんですって…?」
『君は…人を殺しすぎた。直接手は下さずとも。君の行動により多くの人が死んだ。
 そしてその人間たちの恨み憎しみが残留思念となって君を取り巻いている。君に復讐しようと、虎視眈々とその機会を伺っているよ。』
「馬鹿なこと…ありえないわ」

全く付き合っていられない…。何を言うものかと思えば今時子供だって信じないオカルト話。
それがどうしたのだとほむらはわざとらしくため息をついた。仮にそうだとしても、死んだ人間に何が出来ようか。
そんなものがいくら自分の身に溜まろうとも、まどかが無事なら安いものだ。
ほむらはキュゥべえの言葉に耳を貸さず、時の盾を起動させる――。



ほむらの周囲を黒い霧がかかり、それが彼女の全身を包み込んだと思ったら、もうその姿はなくなっていた。
彼女は新たな世界を求めて飛び立ったのだ。

『行ってしまったか。やれやれ…滑稽な人間だね彼女は』

健闘を祈る。キュゥべえはほむらにそう言ったが、決してほむらの勝利を望んだものではない。
彼女があの思念に押しつぶされることのないよう、『そのままの君で戦い続けてくれ』と言う事だ。
暁美ほむらは並行世界の住人。それを彼女本人が承知しているかは不明だが、彼女は多くの世界を渡り歩いてはそこの世界の鹿目まどかに因果を溜め、魔法少女としての素質を高めさせているのだ。
何が滑稽か。それは、暁美ほむらが自分の行動が本当にまどかの為になると信じていることだ。
『他の何物を犠牲にしてでも、まどかを救う』それでまどかが喜ぶわけがない…。この決意は殆どほむらの自己満足なのだ。
ところが実際にはしっかりまどかに因果が溜まっている。これはほむらの気持ちがまどかにのみ向いているという確証だ。

『本当にまどかを好きにしたいのであれば、彼女にとって一番大事なのかを考えなければだめだ。
 だから僕はまどかからさやかを奪うことを第一に考えた。
 …僕は人の感情については理解できない。それでもきっと、僕は君よりはそれを知っているよ。でなきゃインキュベーターは務まらない』

それにしても時間退行という大きすぎる力を彼女のような人間に与えた並行世界の自分は流石だと思う。
利己主義の極みという考え方の人間だというのに、自分自身は献身的なつもりでいるのだ。
そんな人間が何度時間を繰り返したって上手くいくはずがない。確実にまどかに因果を溜め、その数だけ宇宙を救えるエネルギーを手に入れられる可能性が広がる…こんなに素晴らしいことはない。

『…ま、実際には失敗してしまった僕があんまり偉そうには言えないけどね。
 それでも暁美ほむら。少しでも多くの宇宙が救われるため、君のその戦いが永遠に続くことを…僕は心から願っているよ。頑張ってね』

数少ない心配事と言えば、彼女に纏わりついた負の思念。
あれは尋常でないほどの怨念だ。地球上全ての人間を足しても足りないくらい。それだけ魔女となったまどかの力は凄まじいものだという事か。
ほむらはキュゥべえの言葉を「ありえない」と一蹴したが、彼女が今持っているあの力だって、かつての彼女にとっては「ありえない」物だったはずである。
そういったところに考えが至らないとこもまた、彼女が未熟である証である。

とは言っても、こればかりは心配しても仕方ない。
仮に彼女がそれに気付いたところでどうしようもないだろう。もしかしたら彼女の旅路はもうそう長くないのかもしれない。
なんにせよ…この世界に居る自分が今できることは、次の魔法少女探しだ。…これからより忙しい日々が始まることだろう…


――

体がずっしりと重い。始まりはいつもこんなである。
魔法を使えなかった頃の自分自身に戻るという嫌な感覚。さっさと目覚めてしまいたい。そうすれば弱い自分が見えなくなるからだ。
暁美ほむらは暗黒の中で見慣れた病院の天井が見えるのを今か今かと待っていた。

『また繰り返すのね』
「………?何?」
『何度やり直せば気が済むの?』
「…何度でもよ。まどかを救うまで…。あなたこそ何者?」
『冗談じゃないわ。あなたは何の権利があってここに来たの?あなたのせいで私たちは…!』
「誰…誰なの?…いえ、誰であろうと同じだわ。私はまどかのために闘う。邪魔をするのなら誰であろうと容赦しない」
『ふざけないで。もうみんな我慢の限界なの。みんな、あなた一人のために存在することを否定された。
 許さない。許さないわ。返して。返しなさい。そこは、 私 の 居 場 所 だ 』


「ッくっ…あぁあああっ!!」

暁美ほむらは全身の痛みと共に目を覚ました。
天井はやはり見慣れたものだが、この体中を強く叩きつけられるような痛みは経験がない。
金縛りにあったかのように身動きだって取れず、やっとのことで体が動かせるようになった時、ほむらはようやく飛び起きた。
全身が汗でびっしょりだ。ほむらは思わず自分の肩を抱いた。
これまでのループ中でも寝ている間にうなされている事はあったが、体の痛みは初めてだ。
そして思い起こされることは、さっきのあの幻聴。

「なによ…なんなのよ!」

ほむらは握り拳を固めヒステリックにベッドを叩いた。
やわらかい病院のベッドはその衝撃を優しく受け止めるが、ほむらの激情は収まらない。

「私の、居場所…?…わけがわからない…」
『何が分からないの?』
「ッ!?」

確かに声がしたのに…ほむらが居る病室は完全個室で他に誰も居ない。
幻聴などではなかった筈だが、今は退院の印がされているカレンダーが風になびく音がするだけだ。
頭が整理できずに呆けたまま身動きが出来ないほむら。やがて彼女の部屋にとある人物が訪れた。

「ほむら、大丈夫?いよいよ今日で退院よ」
「あ…お、お母さん?なんで…仕事は?」
「やっとほむらが退院するって時に仕事なんてしてられないわよ。明日からいよいよ学校にも行けるものね。嬉しいでしょう?」
「学校……」
「じゃあ早く着替えちゃいなさい、二人で帰りましょう」
「……うん」

ほむらは嬉しかった。ほむらがこれまで繰り返してきた世界では、母親が出迎えてくれるなんてことはなくいつも一人だったのだ。
幾度と繰り返した一か月の中でほむらが自分の両親と出会ったのはこれが初めてだ。
久しぶりに感じる母の温かみ。さっきのあの妙な声のことだって気にならなくなっていた。


母は近くに居るけれど家はいつも通りのボロ屋である。
ただ一人でないというだけでほむらの心は晴れる。
ほむらが元居た世界ではこの家にはほむら一人が住んでいた。こんなにも家の中の雰囲気が変わるものだろうか。
母と話をし、母の手料理を食べた後に布団の上で仰向けになり、ほむらは自分の心が満たされていくことを実感した。
これならまた戦える。まどかを助けるための勇気が沸きあがってくる。明日の学校だってこれまでの日とは違うものになる気がする。
明日への期待を胸に、ほむらを眠気が優しく包み込んでいく…

「お母さんありがとう。待っててねまどか。今回は負ける気がしないわ」
『いい気なものね』
「ッ…またあの声が…」
『またあなたは『私達』の居場所を奪う』
「居場所って何?ここは私の家よ。…あなたこそいい加減に姿を現しなさい。さもなくば…」
『ここにいるわ』
「なんですって?」

暗闇の意識の中、ほむらに聞こえていた声はより近くで聞こえるようになっている。
気配を感じて後ろを振り返った時、彼女は居た。
ほむらは驚愕した。それはまるで自分自身を映した鏡。眼鏡をかけ三つ編みで髪の毛をまとめている、弱かった頃の自分の姿。
しかしその目つきはこちらに対して明らかに敵意があり、我ながら自分とは思えない表情だ。

「わ、私…!?」
『私達は暁美ほむら…。あなたが殺したあなた』
「どういう事よ!?」
『この世界にあなたの居場所はない。帰れ!』

あまりにも強すぎるこの『ほむら』の威圧感に圧されている事実をほむらは認めたくはなかった。
この『ほむら』はかつて否定した自分であり、そんな『ほむら』に圧し負けるなどあってはならない。
ほむらは負けじと睨み返し、対抗する。

「居場所、居場所って…ここは私の家よ!」
『違うわ』
「何が違うのよ!」
『分からないの?ならあなた、本当に愚かだわ。あなたは何度繰り返しても気付くことはなかったの?それぞれの世界の僅かな違いに。
 この世界の『暁美ほむら』は母親と暮らしていた。『あなた』にとっては久々の再会でも、この世界の『暁美ほむら』にとっては日常だった』
「………!ま、さか…!」
『そうよ…』
『『私達』は』
『あなたが渡り歩いてきた世界の』
『『暁美ほむら』』
『長い退院の日に』
『突如、居場所を奪われた』
『『暁美ほむら』の思念の』
『集合体』

頭がガンガンと揺らされる。声が反響して何人ものそれになって聞こえるのだ。
いや、実際に大勢いるのだ。これまで暁美ほむらが時間を繰り返した分だけ、暁美ほむらが居る。
彼女らは例外なく、魔法少女となったほむらを憎んでいる。ほむらは金縛りにあったかのように動けなくなっていた。

「…これまでの世界で私を苦しめていたのは…!」
『『私達』よ』
『これまではそれが限界だった』
『でも今回の世界で新たに『一人』取り込んで』
『やっとあなたに、復讐できる!』
「どうして…?あなた達も『暁美ほむら』なら分かるでしょう?私はまどかを助けなくてはならない。
 あの子には私が居てあげなくてはいけないの。あなた達が強力してくれれば…」
『それは本気で言っているの?』
『やっぱりあなたは馬鹿だわ』
『あなたみたいのが同じ人間だなんてね』
「なっ…?」

『暁美ほむら』の顔が間近に迫る。もはや正気の目をしていない。
自分自身だからなのかどうかは分からないが、こちらの心がはっきりと見透かされている気がした。
もしかしたら自分の精一杯の虚勢さえも何の意味も成してないのではないか、とさえ思わされる。

『あなたにとっては大事なんでしょうね』
『鹿目まどかという人は』
『でも忘れてはいないよね?』
『私達は』
『彼女と出逢う機会さえ』
『奪われているのよ』
『そんな子』
『あなたと同じく』
『憎しみの対象に等しい!』
「………!!」

『暁美ほむら』達が恨みの限りをほむらへぶつけたその直後、ほむらの目の前で『暁美ほむら』は全身から血を吹きだした。
『暁美ほむら』の後ろから黒く巨大な槍らしきものが、何本も彼女たちの体を貫いていたのだ。
吹きだした『暁美ほむら』の体液がほむらの全身にもかかり、ほむらの視界は血の色に染まっていく。

「え…?な、なんなの…」

いきなり何事かとほむらは思ったが、体が動いてくれない。
頭で理解できるのは『暁美ほむら』はどう見ても生きてはいないという事だ。
それでも心のどこかでは安心していたほむら。だが彼女の安堵をあざ笑うかのごとく、『暁美ほむら』は全身を串刺しにされたまま、ぐるんとこちらに首を向けてきた。

「ひっ!?」
『…みんな、私たちの事を恨んでいる』
「みんな…?」
『あなたが見殺しにしてきた人たちが』
『『暁美ほむら』を憎んでいる』
「っ……」

『暁美ほむら』を串刺しにしているものの正体が見えてきた。
それが分かった時、ほむらの耳に怨嗟の声が届き始める。
ほむらは頭を抱えて膝をつく。夢であってほしい、そして早く覚めてほしい…ひたすらにそう思った。

「こんな…こんなことが!」
『鹿目まどかが魔女になった姿』
『彼らの怨念はこの形になってあなたに憑いている』
『そしていつも、こうやって私達を殺している』
「怨念…」

時を巻き戻す直前に聞いたキュゥべえの言葉が思い起こされる。
よりにもよって大好きなまどかが魔女になった姿など、ほむらには耐えがたいこと。
ありえないと否定したことが現実になって目の前に現れている。認めたくない、耳を塞ぎたい。
だが『暁美ほむら』がそれを許さない。

『彼らは言っている』
『『暁美ほむら』を許さないと』
『私達は悪くないのに』
『私達だって被害者なのに』
『でも彼らにとって、『私達』も『暁美ほむら』と同じ』
『罰を受けるべきはあなた一人なのに!!』
「!」

全身串刺しとなっている『暁美ほむら』の手が、ほむらの首元をがしっとつかむ。
ほむらは魔法でそれを払いのけようとするが、現実世界ではないからなのかまったく力が入らない。
病弱だったころの自分とは思えない力でほむらの体が宙に浮く。

「ぐっ……ううぅ…」
『あなたのせいで』
『お前が居なければ』
『許さない』
『『『『『『『『死ね』』』』』』』』
「!!!」

酷くドスの利いた自分の声が頭に響いた瞬間、ほむらは目を覚ました。
冷や汗どころではなく、小雨にでも降られたかのような状態。目元でも涙が溜まっており、激しい動悸も起こしている。
疲れなど取れているとは到底思えない。

「はぁっ…はぁっ…!!ゆ、夢…!?」

手の震えを止めようとしたとき、夢の中で聞いたものと同じ声が耳元で鮮明に響く。

『許さない』
「ッ!?くうっ……!!」

それまでも鹿目まどかの死を何度も目にし、彼女のメンタルは変化してはいたが、この日より暁美ほむらの精神は本格的に乱れ始める。
人付き合いが苦手だった少女が未知なる力を手にして狂っていくのはある意味仕方がないことかもしれないが、罪は罪。
インキュベーターに踊らされたとは言え、自己を省みずにひたすら突っ走ったその代償が一斉に彼女に襲い掛かった。
母親との嬉しい再会もあっという間に薄れていく。しかしそれはほむらを更に追い込んでいくこととなる。
それでも彼女は自己を振り返ることが出来ない。ただただ、自分のも居通りに動かない人間を憎んでいく。自分を傷つける人間を恨んでいく。果ては救いたいと思った人に対してさえ…
―なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか―今のほむらにはそれがすべてだった。



「虐められっ子の発想ね」

何も知らないくせに知ったかのように私の傷を抉ろうとする。当の自分はすぐに取り乱す、弱い巴マミ。

「いつも空っぽの言葉を喋っている」

そんなことどうだっていい。私の言う事を聞いておけばいいのに。いつもまどかを悲しませるくせに、いつもまどかと一緒に居る美樹さやか。

「情報通ですって自慢してえのか!」

少なくともあなたよりは知っている。だからおとなしく私の言うことを聞けばいいのよ、佐倉杏子

「なんで…そんなに冷たいの…?」

何が冷たいの?私はあなたを助けるために動いているのよ。
あなたはおとなしく私に救われていればいいの。弱いくせに勝手なことして、出てきたりしないでよ。
そうやってあなたが簡単に死ぬから…その分私が苦しむんじゃないの!!鹿目まどか!!

それは結局のところ、単なるやつあたりに等しい。
どんなに喚き散らしたところで、『暁美ほむら』も、怨霊たちも、許してはくれない。
次第に精神を削られていく暁美ほむら。その言動には常に矛盾を孕んでおり、ほむら自身自分が言っていることの意味が分からなくなっている。
暁美ほむらは、確実に崩壊へと向かいはじめていた。

――――

――




とある周回で、鹿目まどかはついに魔法少女になった。
ほむらがどんなにまどかの事を呼び止めても、まどかは全く話を聞いてくれない。

「全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい」

まどかがそう願った瞬間、ほむらの道のりは全て無に帰すことになった。まどかとの永遠の別れに泣きじゃくるほむら。
だがこの願いによって、ほむらが背負っていた怨念もまた消え失せ、全てが『無かったこと』になったのもまた確かである。

ほむらは何もなすことはできなかった。まどかを救うことも、また自分が強くなることも出来なかった。
ほむらの全てをまどかが救うことになった。ほむらが守りたいと思った人間に、逆に救われることになってしまったのだ。
それでも新世界に降り立ったほむらの表情は穏やかである。まどかはほむらにこう言った。「私の最高の友達」と。
まどかは最後の最後にほむらに振り向いてくれたのだ。
これは彼女にとって絶対の勝利に他ならない。まどかは自分のことを必要としてくれている…そう思うことでほむらは自分の力にしている。
まどかが残してくれたリボンを握りしめ、軽くキスをする。

「悲しみと憎しみばかりを繰り返す、救いようのない世界だけれど。それでもここは、かつてあの子が守ろうとした場所なんだ
 それを憶えてる。決して忘れたりしない。…だから私は戦い続ける」

この世界に居る誰もが、暁美ほむらを幸福そうな人間だと思うだろう。その実、暁美ほむらは充実している。
彼女を追いつめた『暁美ほむら』達も、もう居ない。これからはまどかの為に闘い続けることに集中できる。暁美ほむらは、幸せになった。





――

『壊れた?』
『壊れたわ』
『やっと達成できた。復讐』
『あなたの記憶が消えなかったこと』
『それがあなたの不幸』
『これでやっと還れる…』
『あなたが幸せなのは癪だけど』
『せいぜい滑稽に生きなさい』
『さようなら』


あらん限りの憎しみでまどかの救済すら跳ね返した『暁美ほむら達』が最後に残した呪い…それは、【まどかの声】
魔獣との戦いに傷ついたほむらの耳に、この言葉が届く。
どんなにくじけそうになったって、どんなにソウルジェムが濁ったって、その一言が彼女に無限の気力を与える。
暁美ほむらにとってはとても甘い言葉。しかしそれは逆に言えば、彼女を生に縛る呪い。
ほむらはもう、死ぬことを許されなくなった。この世界、宇宙そのものが朽ちるまで、暁美ほむらは戦い続ける。
そして終焉の時も。暁美ほむらの耳にはその言葉が届くのだ。
















「がんばって」






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Author:こなゆきガンタンク
らき☆すた大好き。高良みゆきは俺の嫁だが、こなた×みゆきの百合も好き。広橋涼のこなたをはじめ、らき☆すた初代声優を応援している。らき☆すた以外ではガンダム。種厨のシン厨、でもTVシリーズは大体網羅してるよ! ニコニコで動画を作ったりSSを書いたりもする。
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